| 週末がやってきた。その日はホグズミード行きが許可された日で、リンとスイも、ハンナたち……ではなく、セドリックと一緒に村を訪れていた。週の半ばごろに誘いを受けたのだ。
本当は、午後から約束があるため断ろうと思った。しかしセドリックに「午前中だけでもいい」と言われ、挙句エドガーとベティが勝手に約束を成立させてしまったので、リンは諦めたのだった。
「なにか軽く食べようか?」
いろいろな店をかたっぱしから見て回り、十二時を過ぎたころ、セドリックが言った。ショウィンドウの中の「色が変わるインク」を眺めていたリンは、セドリックに意識を向け直して、肩の上のスイを見たあと頷いた。
「ロルが教えてくれた、おいしい穴場のカフェがあるんだ」
にっこり笑って、セドリックは「たしか、こっちだ」と脇道を指し、リンの手を取った。リンは一瞬だけ身体を強張らせたが、すぐに硬直を解いて素直に彼についていく。
脇道へと男に連れていかれるような状況には、もう少し警戒心を持ってほしい……と、スイは思った。セドリックを信じてはいるし、昼間であるし、仮に何かあったときには全力で守るつもりなので、問題はないが。
スイが吐き出した悩ましげな溜め息は、周囲の明るい喧騒の中に掻き消えた。
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「とってもいいお店でしたね」
食事と会計を済ませて店外に出て、リンが微笑んだ。声音は少し弾み、目もきらきらしている。
「ゆったり静かにくつろげるし、お料理がおいしいし、マスターのお人柄は魅力的で……すてきでした」
アンティーク調の内装と調度品はセンスがいいし、マスターの穏やかな笑顔も好感が持てた。なにより、スイがオレンジジュースをコップで飲んでいても、驚かないし文句も言わない。それどころか、カットフルーツまで用意してくれた。
下手するとスイの入店すら許可してもらえない店がある中で、この寛容的な態度と待遇はありがたい。今度から贔屓にしようかな、などと考える楽しそうなリンを眺めて、スイとセドリックが頬を緩める。
「気に入ってもらえて、僕もうれしいよ」
「私のほうこそ、こんなすてきなところに連れてきてもらえて、ほんとうにうれしいです。ありがとうございます」
珍しくにこにこと笑顔いっぱいのリンを見つめて、セドリックが目を柔らかく細めた。そっと手を伸ばして、リンの手を取る。きゅっと控えめに力をこめられ、リンは瞬いた。セドリックが、にこりと口元に笑みをつくる。
「今日は付き合ってくれてありがとう。とても楽しかったよ」
「……セドリック?」
ぱちぱち瞬いて、リンはセドリックを見つめる。セドリックは一瞬、リンの手とつながっている腕を自分のほうへと引き寄せかけたが、思い留まるかのように動きを止めた。深く息を吸う。
「……リン、午後から約束があるんだろう? 行くといい」
目を伏せるセドリックに、リンは口を開こうとしたが、スイの尻尾に背中を叩かれる。視線を向けると、スイは「早く行くよ」という顔をしていた。
「……あの、じゃあ、ありがとうございました」
「うん。リン、気をつけて」
セドリックは名残惜しげにリンの手を離した。リンは戸惑いつつも、礼儀正しく頭を下げ、踵を返した。スイは、しばらく後ろを眺め続け、やがて言った。
「……必死に自制する男子の意は、そっと汲んであげなさい」
ぽすっと尻尾で背中を叩かれたリンは立ち止まり、ぱちぱち瞬いたあと、わけが分からないという顔をした。意味を尋ねてくるリンに、スイは溜め息をついた。
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待ち合わせ場所である「三本の箒」に行くと、すでに自分以外のメンバーが全員そろっていた。リンは焦って、テーブルへと急いだ。
「遅くなってごめんなさい」
「いや、大丈夫だ」
リーマスが微笑んで、座るよう促した。リンは空いているリーマスとハーマイオニーの間の席に腰を下ろす。途端、シリウスが身を乗り出してきた。
「リン、さっきまで一緒にいた男はだれだ?」
リーマスが諌めるようにシリウスの名前を呼んだが、シリウスは無視して「だれだ?」と繰り返した。リンは瞬きをして首を傾げる。
「だれからの情報?」
「私とリーマスが自分の目で見た。それで、あれはだれなんだ?」
「セドリック・ディゴリーだよ。ハッフルパフの六年生で、」
「そのあたりの情報はいい。もうリーマスやロンに聞いた」
リンはリーマスを見た。目が逸らされる。続いてロンへと視線を向けると、ロンは俯いていて耳が赤かった。リンは視線をシリウスへと戻す。
「それなら私に聞かなくてもいいんじゃない?」
「私が聞きたいのは、」
「シリウス。何度も言うが、それは君が口出しすることじゃない」
「あの男が君のボーイフレンドなのかどうかを、私は知りたいんだ」
途中に挟まったリーマスの言葉を無視して、シリウスが言い切った。リンは目を瞬かせ、即座に「ちがうけど」と否定した。
「ただの先輩後輩だよ。あ、クィディッチのチームメイトでもあるけど」
沈黙が訪れた。シリウスは眉に皺を寄せ、リーマスは溜め息をつき、テーブルへと降りたスイはビシッと尻尾を振った。ハリーは遠くを見やり、ロンは脱力している。
「リン、あなた、鈍感を通り越して残酷ね」
ハーマイオニーが言った。リンはぱちくり瞬いて、不思議そうに彼女を見る。スイがバシッと尻尾で腕を叩いてきた。
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