無事に看護を受けたクラムとハーマイオニーは、少し脇に行って、なにやら二人だけで話をしていた。しばらくして二人がテントに戻ってきて、それから十五分ほど経ったとき、リンが口を開いた。

「ハリーとフラーは遅いですね」

「ええ……ほんとに」

 ハーマイオニーが歯噛みし、リンと一緒に心配そうな視線を水面へと投げかけた。ジンとスイが複雑そうな顔をして背後を振り返る。セドリックは彼らの視線の先を追った。

 テントの中央には、仕切りの布がかけてあったが、向こう側に何があるのかは分からない。セドリックが尋ねようとしたとき、ジンが溜め息をついた。

「……残るはポッターだけだ」

 リンが瞬き、セドリックが眉をひそめた。どういうことだろうか。リンが尋ねると、ジンは再び溜め息をつき、背後の仕切りを指した。

「デラクールは途中で脱落した。水魔に襲われたらしい。いまは眠っている」

 ジンが言い終える前に、背後から金切り声が上がった。仕切りの布が乱暴に揺れ、外れて地面に落ちる。傷だらけのボロボロな姿で暴れるフラーと、必死に抑えるマダム・マクシームとマダム・ポンフリーの姿が露〔あらわ〕になった。

「離して! 私、戻ります! ガブリエルを助けにいかないと!」

「いけませーん! あなたは絶対安静でーす!」

 マダム・マクシームの威厳ある声が、雷のように落ちた。ハーマイオニーとスイがビクッと身体を跳ねさせる。だが、フラーにはなんの効果もないようだった。激しく首を横に振って、マダムたちを振り切ろうと身をよじる。

「私のほかに、だれがあの子を助けますか? だれも助けてくれない!」

「……助けてくれますよ」

 リンが静かに言葉をこぼした。不思議と響いた声に、フラーが動きを止める。大きな深いブルーの目がリンを見つめた。リンもじっと見つめ返す。

「ハリーは絶対にガブリエルも連れてきます。正義感が強いから。だから、フラー、彼を信じて待ってみてください」

 どこか困ったように言って、リンは微笑んだ。フラーは何も言わない。喉を詰まらせたような音を立て、ただただリンを見つめていた。

 そのとき、観声が爆発した。セドリックたち全員が視線を向ける ――― ハリーが水面から顔を出していた。たくさんの水中人に囲まれ、ロンとフラーの妹を連れている。フラーが金切り声を上げ、マダムたちを振り切り、湖へと駆け出した。

「……意外な一面を見たな」

 妹をきつく抱きしめるフラーと、弟に駆け寄るパーシーを見やって、ジンが呟いた。

「ふだん高慢なデラクールとウィーズリーが、ああも必死になるとは……驚きだ」

 セドリックは瞬いて、思った ――― ふだんの淡々とした落ち着きをかなぐり捨てて従妹をかき抱いた君が言えるセリフじゃない。

 思ったが言わずに黙っていると、マダム・ポンフリーがハリーを連行してきた。ハーマイオニーが「よくやったわ!」と顔を輝かせ、リンも「お疲れ様」と微笑みかける。ハリーは曖昧に笑った。

 ダンブルドアが審査員に召集をかけ、審査員が秘密会議に入る。その間にロンが連れてこられ、それからフラーと妹が連れられてきた。フラーは妹の面倒をマダム・ポンフリーに任せ、ハリーに歩み寄った。

「あなた、妹を助けました……あの子があなたのいとじちではなかったのに」

「うん……まあね」

 声を詰まらせるフラーに、ハリーが言った。フラーは目を潤ませ、たどたどしく礼の言葉を言いながら身をかがめ、ハリーの両頬に二回ずつキスをした。ハリーの目が見開かれ、頬が染まる。

 ロンにもキスしたあと、フラーはリンを振り返って抱きついた。スイが落とされ、目を丸くしたリンが相手の体重を受け止めきれずによろめく。セドリックが腕を伸ばしたが、それより早くジンが支えた。

「リン、あなたの言った通りでした。ガブリエル、助かった ――― ありがとう」

「え……いや、私はなにも……」

 そこから先の言葉は途切れた。フラーがリンの頬にもキスをしたからだ。ジンが目を見開き、彼の肩に這い上がろうとしていたスイも足を踏み外した。

 フラー以外の全員が、周りの空気ごと硬直する。ちょうどそのとき、バグマンが声を魔法で拡大して轟かせ、みんなビクッと硬直を解いた。何事かと視線を向ければ、審査結果を発表するとのことだった。

 フラーから得点が発表された。セドリックと同じく「泡頭呪文」を使用したらしいが、水魔に襲われて脱落したため、得点は二十五点だった。

「セドリック・ディゴリー君。やはり『泡頭呪文』を使い、さらに足に変身術をかけ、水中での移動速度を速めました。そして最初に人質を連れて帰ってきましたが、制限時間の一時間を一分オーバー。これを考慮し、四十七点を与えます」

 ハッフルパフ生から声援が沸いた。エドガーたちが大きく手を振ってくるのが目に入り、セドリックは少し気恥ずかしくなった。ジンが「よかったな」と言い、スイが尻尾を旗のように振る。リンが「おめでとうございます」と微笑んだ。

 クラムの得点は四十点で、ハリーは四十五点をもらった。ハリーの得点が高いのは、一番に到着したにも関わらず人質全員を安全に戻らせようと決意して残ったため、らしい。それを聞いて、セドリックはちょっとだけ落ち込んだ。

 先を越されて悔しいやら、リンのことしか考えていなかった自分が恥ずかしいやら。とにかく「負けたな」という気持ちが、胸の奥から強く湧き上がってきた。ハリーを見ると、晴れやかな笑顔で親友たちと笑い合っている。眩しかった。

 目を伏せて息をつくセドリックの肩に、ジンがそっと手を置いて、ポンポンと二回、慰めるように優しく叩いた。

「第三の課題は、六月二十四日の夕暮れ時に行われます。代表選手は、そのきっかり一か月前に課題の内容を知らされることになります。では、これにて解散です。応援をありがとうございました」

 バグマンが連絡事項を述べたあと、マダム・ポンフリーがテントにいる面々を見渡し、ついてくるよう指示した。濡れた服を着替えるため、観戦者たちとは別に城へと向かうらしい。

「私とセドリックは必要ないんじゃないかな……ジン兄さんに乾かしてもらったし」

「いいから、黙って従うの!」

 小さく呟いたリンの頭を、ハーマイオニーが叩こうとして空振った。きれいに避けたリンに、ハーマイオニーが怒り、それを見てハリーとロンが笑う。そんな光景を眺めて、セドリックも身体の力を抜き、ふと笑った。

4-52. 奪還
- 214 -

[*back] | [go#]