| 「さて、全選手の準備ができました。第二の課題は、私のホイッスルを合図に始まります。選手たちは、きっかり一時間のうちに奪われたものを取り返します」
湖全体に響き渡る声で、バグマンが簡潔に説明する。セドリックはぼんやりとそれを耳に入れた。心臓の音が周りの音を掻き消してくる。寒さ以外の理由から、身体が震えた。
「では、三つ数えます。いーち……にー……さん!」
ホイッスルが、冷たく静かな空気を裂くように鋭く鳴り響いた。クラムが真っ先に動き出し、セドリック、フラーが続く。ハリーは靴と靴下を脱いでいた。どうして先に脱いでおかなかったんだろう……セドリックは頭の片隅で思った。
ついにクラムが湖に飛び込む。それを見て、セドリックは自分の頭に向けて杖を振ったあと、彼に続いて飛び込んだ。
泡が立ち、セドリックの身体をくすぐるようにして、ほとんど残らず水面へと上がっていく。しかし、セドリックの頭を包み込むような大きな泡〔あぶく〕だけは残った。セドリック自身が「泡頭呪文」で作り出した泡だ。
水の中でも呼吸を可能にする方法としては、結局これ以外に考えつかなかった。変身術も考えたが、いざというときに魔法を使える状態をキープしたかったため、やむなく断念した……とはいえ、部分的な変身術は使うつもりだが。
セドリックは身をよじって、杖先を足に向けた。ジンやエドガーと練習した通りに呪文をかけ、足を変形させる。平たく細長く伸ばし、指の間に水掻きをつくって……。
足の先だけ、魚の鰭〔ひれ〕もしくは水鳥のペタンコ足にしたような、なんとも不恰好な姿だ。この足をつくった最初の日にエドガーが爆笑したのを思い出す。ジンすら小さく吹き出していた。
おかしいが、仕方ない。諦めて、セドリックは水を蹴った。ぐんと身体が前に進む。普通の足よりずっと速い。おかしな格好になる価値もあるものだ。
ただ、できれば、リンに見られる前に元の足に戻したいな……。そんなことを考えながら、セドリックは湖底を目指して深く深くへと潜っていった。
途中で道に迷いながらも、水中人の歌を頼りに進む。そしてセドリックは、ついに水中人の居住地に辿り着いた。すでに制限時間が半分以下だと歌が告げている。
巨大な石像のところに、リンとほかの人質がいた。その前で、ハリーが数人の水中人に押さえつけられている。セドリックは急いで泳ぎ寄った。
「道に迷ったんだ」
こちらに気づいたハリーに向かって、セドリックは説明した。水草がしっかりとリンを縛りつけているのを見て、杖を取り出す。杖先から光線を出して水草のロープを切断し、リンを抱き寄せる。それからハリーを振り返った。
「フラーやクラムも、すぐ来るはずだ。君も急げ!」
ハリーのように邪魔される前にと、セドリックは全速力でその場を離れる。セドリックが杖を持っているからか、水中人が追ってくることはなかった。ホッとしつつ、腕の中のリンを見下ろす。
気を失っているリンは、透き通る白い肌をいつも以上に白くしている。冷たい水の中にどれほど長く沈められているのだろうか……。ぎゅっと唇を引き結んで、セドリックは湖面を目指した。
ひたすら水を蹴り続け、ついにセドリックは水面を突き破った。頭の周りの泡が弾け、岸辺から歓声が爆発する。バグマンの叫び声を聞きながら、セドリックはリンを引き上げ、なるべく優しく抱き寄せて、岸辺へと泳いだ。
「……けほ、」
途中で目を開けたリンが軽く咳き込んだ。水が口に入ったらしい。きちんと息を吸って、ぱちぱち瞬き、自分を抱えている人物に目を向け、また瞬く。
「……セドリック?」
困惑したような声が、リンの口から漏れた。セドリックは微笑んで、水の下で杖を振り、元に戻した足を浅い湖底に乗せ、しっかりと立った。リンを引き寄せて立たせ、二人で岸辺へと上がる。
「リン!」
切迫詰まった声がした。蒼白な顔をしたジンが、スイを肩に乗せ、こちらへと向かってくる。服が濡れるのも構わず、リンに駆け寄り力強く抱きしめた。
弾みでスイが砂の上に転がり落ち、リンが硬直する。セドリックも目を丸くした。観客もどよめく。「わあ! ジン兄さんってば、珍しく大胆!」「ケイ、しー!」という声が、騒音の合間を縫って聞こえてきた。
「……リン……ッ」
ぎゅっと眉根を寄せて、ジンは従妹を抱く腕に力をこめた。その声が震えているのを感じ取って、セドリックはふと、クィディッチの試合で吸魂鬼がリンを襲ったときのことを思い出した。ついでに、リンの命が一度失われかけたことも。
いまのジンがここまで取り乱す理由が、セドリックは分かった気がした。リンの方は、何が何だか理解できていない様子だ。それ以前に、慣れない人肌に触れて硬直したままだった。
「ミスター・ヨシノ、いい加減にお離しなさい!」
不意にカリカリした声が割り込んだ。マダム・ポンフリーが、厚手の毛布を手に、これ以上ないほど眉を吊り上げていた。
「いつまで濡れたままにしておくつもりですか! ミス・ヨシノもディゴリーも、温かくしないと風邪をひいてしまいますわ!」
ジンは慌ててリンを離し、一瞬で彼女を乾かした。ついでにセドリックの水気も飛ばされる。杖も出さずにどうやって、と思う間もなく、セドリックは毛布をかぶせられ、テントへと連行された。
椅子に押し込められ、きつく毛布にくるまれ、熱い煎じ薬を一杯、喉に流し込まれる。直後、セドリックの耳から湯気が噴き出した。思わず眉を寄せるセドリックの横で、リンも「元気爆発薬」を飲ませられた。
それから五分後、湖の水面が揺れた。ザパンッと水飛沫を上げて、サメの頭が飛び出す。あちこちで悲鳴が上がる中、サメの頭の下からヒトの肩が見えた……クラムだ。変身術を使ったらしいが、やり損なったようだ。
「……シュールだな」
いつの間にか、リンの横に立っていたジンが言った。回収されたらしいスイが、ジンの肩からリンの肩へと飛び移り、彼女の頬に顔を寄せた。
「……あの、セドリック」
不意に、リンが声を出した。マダム・ポンフリーに引っ張られるクラムたちを見ていたセドリックは、静かに振り返る。リンが、ちょっと困惑したような顔でセドリックを見ていた。
「あ、の……た、助けてくれて、ありがとうございました」
「え……あ、いや、いいんだ。リンが無事ならよかったよ」
セドリックが微笑むと、リンは落ち着かないように視線を彷徨わせ、窺うようにスイを見た。スイは少し迷ったあと、ぐっと親指を上げ、尻尾でリンの背中を叩く。
ホッとするリンを見て、セドリックは首を傾げる。さらにそれを見て、ジンが溜め息をついた。
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