とうとう第二の課題がやってきた。朝食の席で、セドリックは強張った面持ちで座っていた。フォークを動かしてはいたが、まったく口に食べ物を運んでいない。緊張のあまり食欲がないのだ。

「トースト一枚くらいは食ったらどうだ?」

 隣にいるエドガーが言った。親友とは対照的に、気楽な様子だ。トーストの上にベーコンとスクランブルエッグをたっぷり乗せて、セドリック……ではなく、自分の口へと運んだ。

「そうだぜ、セド、何か食べろよ。空腹じゃ戦いたくても力が出ねぇぞ」

 向かいのローレンスが、心配そうな表情を浮かべ、トーストにマーマレードを塗って寄越した。セドリックは受け取って一口食べた。まったく味が感じられない。末期だ。

 無言でただ咀嚼するだけのセドリックに、エドガーとローレンスが顔を見合わせる。その横からロバートが身を乗り出し、ソーセージが突き刺さったフォークでセドリックをビシッと指した。

「緊張しすぎだ、セド! もっとリラックスしろ! 俺の強靭なメンタルを見習え!」

「ロブ、そんな風に人を指すな。危ない」

「おまえのメンタルは穴が開いてて衝撃が突き抜けてくだけだろ。強いとは言わねぇ」

 すかさず、ローレンスとエドガーからツッコミが入った。内容の違いに人柄がよく表れているものである。

 騒ぎ出す友人たちを見て、セドリックが身体の力を少し抜く。そのとき背後から「ディゴリー」と声がかかった。振り返ると、なぜか肩にスイを乗せているジンがいた。

「ジン? どうしたんだい?」

「リンを見なかったか?」

「……リン? いや、見てないけど……」

 セドリックは自寮のテーブルに目を滑らせた。アーニーたちのグループを見つけるが、そこに彼女の姿はない。ジャスティン、ハンナとベティがなにやら言い争い、アーニーとスーザンが宥めていた。

「彼らによると、リンは昨夜、マクゴナガルに呼ばれてから帰ってきてないらしい」

 ひどく憔悴した顔で、ジンが言った。言い様のない不安がセドリックの胸に訪れ、支配した。リンがいない? いったい何があったのだろう? 心配だ。課題を放り出して探しにいきたい気分だ。……課題?

 ひゅっと息を呑んで、セドリックは「ジン」と呟いた。声にならないくらい小さな呟きだったが、彼には届いたらしい。問うような視線が向けられた。

「ジン……もしかしたら、リンは湖にいるかもしれない」

「……なんだと?」

「卵のヒントを覚えてるかい? 水中人たちが、僕の大切なものを奪うって」

 ジンの顔が青ざめた。スイが尻尾を振り下ろす。セドリックは「たぶん、いや、絶対そうだ」と一人ごちる。なぜか分からないが、不思議と確信があった ――― リンは、湖に捕らわれている。

「僕は、一時間以内に、リンを取り返さないといけない」

 だって、あの歌は言っていた……「一時間のその後は ――― もはや望みはあり得ない」「遅すぎたなら、そのものは、もはや二度とは戻らない」と。

「おい、お二人さん? どうした、そんな深刻な顔して」

「なにかあったのか?」

 ロバートを沈めたエドガーと、それを傍観していたローレンスが、セドリックとジンの様子に気づいて声をかけてきた。答えようと口を開いたとき、教員テーブルでマクゴナガルが立ち上がった。

「おはようございます、みなさん」

 口を噤んだセドリックの周りで、何人かが挨拶を返した。礼儀正しい習性を身につけているジンも、そのうちの一人だった。スイが呆れたような顔で尻尾を揺らす。

「代表選手は、これより湖に向かってください。ほかの者は、ここに残るように。観戦者が競技場に向かうのは、あと十分後となっています」

 視界の端でフラーとクラムが席を立った。一拍遅れてセドリックも立ち上がる。エドガーたちから激励をもらい、ジンから小さく「ディゴリー、頼む」と囁かれ、セドリックは出口へと向かった。

 珍しくクラムが先頭を歩いていた。相変わらずむっつりした表情で、黙々と湖へと向かっていく。ちらりと視線を湖に向けると、観客席と審査員席が岸辺に用意されているのが見えた。ダームストラングの船は、湖から一時的に撤退しているようだった。

「よう、来たな、諸君!」

 審査員席のところに行くと、パーシーとなにやら話していたバグマンが、振り返って笑った。しかし、選手たちを見渡して、すぐにその顔を曇らせた。

「ハリーはどうしたんだい?」

 ぱちりと瞬いて、セドリックは視線を巡らせた。……本当だ。ハリーがいない。どうかしたんだろうか。首を傾げるセドリックの横で、フラーはのんびり微笑み、クラムは変わらずむっつりしている。

「ほかの選手たちと一緒に来なかったということは、棄権するつもりなのでは?」

 穏やかに微笑みながら、カルカロフが言った。バグマンが「そんなまさか!」と目を丸くし、ダンブルドアは「いや」と小首を傾げた。

「ハリーは試合を放棄するような子ではない。おそらく、準備に時間がかかっておるのじゃろう」

「しかし、ダンブルドア、ほかの代表選手たちはすでに準備を済ませてここにいる。ポッターだけ準備時間を多く取るというのは、いささか不公平ではないかな?」

「いや、いや、べつに構わんだろう! 試合が始まるまで、たしかにまだ時間はあるんだ。ギリギリまで待ってやろうじゃないか」

 カルカロフが歯を剥き出したが、バグマンが手を振って一蹴した。ダンブルドアが微笑む。カルカロフは気に入らないという顔をしたが、それ以上の異論は唱えなかった。

 セドリックは城の方を振り返った。ハリーは本当に来ないのか? 大切な者を失ってしまうというのに? いっそ呼びに行こうか? しかし……そのせいで、自分まで棄権になってしまったら……。

 ふるりと、セドリックは頭〔かぶり〕を振った。だめだ。リンを失うわけにはいかない。

 祈るような気持ちで城の方を見つめていると ――― 来た! セドリックは目を輝かせた。ハリーが城から飛び出して、こちらへ全力疾走してくる。セドリックは時計を見た……九時二十五分。ギリギリだ。

「到着……しました……!」

 急停止したハリーが、荒い呼吸の合間から声を絞り出した。ダンブルドアとバグマンが笑顔を見せる。セドリックも微笑みかけた。ほかのメンバーは、しかめ面か無表情だったが。

 選手が全員そろったところで、バグマンが立ち上がり、試合を開始するための準備を始める。いよいよだと、セドリックは気を引き締めた。

4-51. 奪われたもの
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