第二の課題について、リンは、ハリーが手伝いを頼んでくるかもしれないと思っていた。しかし予想は外れた。依頼どころか、不思議なことに課題の内容を教えてもらえることすらなかった。

 そうこうしているうちに、あっという間に時間が過ぎて、とうとう二月二十三日 ――― 課題が行われる日の前夜になった。

「……ハリーは大丈夫なのかな」

 夕食を済ませて寮に戻り、部屋のベッドに腰かけて、リンは呟いた。持ち帰ったフルーツを頬張っていたスイは、目を瞬かせたあと、ごっくんと飲み込む。

「大丈夫なんじゃない? 何も言ってこないってことは、解決したんだろ、たぶん」

「たぶんって……、スイ、君の知ってる筋書きだとどうなの?」

 スイが答えようとしたとき、部屋のドアが開いた。ベティが顔を出す。

「リン、いまローレンスを通じてスプラウトから伝言がきたんだけど、マクゴナガルがアンタを呼んでるって」

「……分かった」

 三人も仲介させる必要は果たしてあるのだろうか……。そう思いながらもリンは立ち上がり、習慣でスイへと腕を伸ばした。いつもなら腕を伝って肩に乗ってくるスイは、しかし今回は動かなかった。

 なにやら小難しい顔をして、じっとリンを見つめる。リンは瞬いたが、ベティに促され、疑問を残したまま部屋を出た。

「……たぶん、沈むんだろうなあ」

 ドアが閉まったあと、スイが呟いたが、リンの耳には入らなかった。



 マクゴナガルの部屋には、リンのほかにも客がいた。ダンブルドア、パーシー・ウィーズリー、バグマン、カルカロフ、マダム・マクシームと……八歳くらいの可愛らしい女の子だ。

 フラー・デラクールと瓜二つの容姿をしている(彼女の妹か何かだろう)子は、周りに立っている大人たちが怖いのか、びくびくしてソファの片隅に縮こまっている。

 リンが七人に挨拶すると、五人から挨拶が返ってきた。カルカロフとフラーの妹(仮)は、無言で視線だけ向けてくる。後者はたぶん英語が分からないのだろうと、リンは思った。

「あとはミスター・ウィーズリーとミス・グレンジャーだけですな」

 フラーの妹(仮)の横にリンが腰かけたあと、ダンブルドアが朗らかに言った。リンは瞬く。集められる人物たちに関連性が見出せない。どういった基準で呼び出しているのだろうか……。

 まぁいいかと思考を諦めて、リンは、フラーの妹(仮)に微笑みかけた。

『こんばんは、はじめまして。君はフラー・デラクールの妹さん?』

 母語を耳にして、フラーの妹(仮)はパチクリ瞬いたあと、頷いた。納得して『そう』と相槌を打つリンを、じっと見つめる。

『あなた、フランス語が話せるの?』

『いや、話せない。通訳魔法みたいなものを使ってるだけ』

『通訳魔法? そんな高度な魔法が使えるの?』

 すごいと呟く少女に、リンは『もどきだけどね』と苦笑し、名前を名乗った。すると『ガブリエル』と返ってくる。よろしくと言い合っていたとき、部屋のドアが開いた。身体の力を抜きかけていたガブリエルがまた硬直する。

 ロンとハーマイオニーが、フレッドとジョージに連れられて入ってきた。四人とも、リンとガブリエルを見て目を丸くする。しかし双子の方はすぐにマクゴナガルによって追い出された。

「さて、全員そろったことじゃし、始めようかの」

 ロンたちが座るのを見届け、ダンブルドアが話し出した。ガブリエルに向けて杖を振ったのは、彼女に通訳魔法をかけるためだろう。あとで個別にフランス語で説明するより一度に話した方が効率的だと判断したらしい。

「今晩、君たちをここに呼んだのは、明日の課題に君たちが必要だからじゃ」

 子ども四人がきょとんとした。自分たちが課題に必要? ハーマイオニーが質問したそうに身体を動かす。ダンブルドアは微笑んで続けた。

「代表選手たちに与えられる課題は、人質たちを水中人から奪い返すことじゃ」

「人質って?」

「君たちのことだ」

 疑問を口にしたロンに、パーシーが答えた。イライラした口調なのは、自分の弟が相手だからなのだろう。「ほかの子たちのように殊勝に話を聞け」と顔に出ている。しかしロンは兄よりも意識を引かれた事柄があるらしかった。

「僕たちが水中人に捕まるってこと?」

「いや、そのような手荒な事態にはならんよ」

 ダンブルドアが穏やかに否定した。リンは、しがみついてきたガブリエルの頭を静かに撫でてやった。たぶんロンのセリフの内容にびっくりしたのだろう。

「表向き、君たちは水中人たちにさらわれることとなる。しかし実際の事の運びはこうじゃ。わしが君たちに眠りの魔法をかけ、湖底へと移動させる。そして水中人たちが君たちを護衛し、代表選手たちを呼び寄せる。……質問や異論はあるかの?」

 ハーマイオニーが最初に手を挙げた。挙手する必要はないと思うが、長年の習性なのだろう。ダンブルドアが礼儀正しく指名した。

「あの、先生、私たちは……その、どうやって呼吸をするのでしょう?」

「窒息の心配はしなくてよろしい。きちんと呼吸ができるように魔法をかける」

「眠りの魔法は、いつ解けるのですか?」

 挙手はせずにリンが尋ねると、ダンブルドアは「君たちが水から上がったときに」と答えた。そのまま引き下がるリンの横で、ガブリエルがおずおずとダンブルドアを見上げた。

「あの、先生? 私たち、ほんとに大丈夫なんですか? 危ないことは、なにもない?」

「わしが保証する。君たち全員の身は完全に安全じゃ」

 キラキラした目でまっすぐに言い切ったダンブルドアに、ガブリエルがホッと身体の力を抜く。ロンとハーマイオニーも安心したようだった。

「ほかに何か説明事項をお持ちの方はおられますかな?」

 生徒からの異論はなさそうだと判断したダンブルドアが、ほかの審査員たちを見回した。全員なにも言わない。ただバグマンが「問題ないですぞ!」とにっこりした。それに礼を述べ、ダンブルドアはリンたちに向き直った。

 ところで、ハリーは水中で呼吸する方法を見つけられたのだろうか……と思案していたリンは、思考を切って意識をダンブルドアに向けた。

「では、いまから君たちに眠りの魔法をかけようと思う」

「いまから?」

 ロンが目を剥いたが、自兄と寮監から凄まれて大人しくなる。リンは笑いそうになるのを抑えて、ダンブルドアが杖腕を上げるのを目で追い、そっと目を閉じた。

4-50. 打ち合わせ
- 211 -

[*back] | [go#]