ぽろぽろと涙をこぼすハグリッドを慰め、リンたちはテーブルに着いた。ダンブルドアが杖を一振りし、温かいホットミルクの入ったマグカップを四つと、ビスケットがたくさん乗った皿を用意した。

 一気にカップの半分ほどミルクを飲み干したハグリッドの腕を、リンがポンポン叩く。それに合わせたようなリズムで、ダンブルドアが仕事に復帰するようにと説得をする。

「ほれ、これを見るのじゃ、ハグリッド。おまえを望む者がこんなにたくさんおる」

 ダンブルドアは羊皮紙の山をテーブルに出現させた。生徒の親たちから届いた、ハグリッドを援護する旨が書かれた手紙らしい。

 それを眺めながら、喉を潤したスイがビスケットを頬張った。そのときリンがふと顔を上げ、ファングが耳をピクリと動かして吠えた。

「ハグリッド!」

 叫び声と同時に、小屋のドアがガンガンと叩かれた。ずいぶんと聞き覚えのある声 ――― ハーマイオニーだ。リンとスイは顔を見合わせた。

 ダンブルドアが立ち上がり、戸口へと向かった。ドアが開けられると、ひっきりなしに叫んでいたハーマイオニーがぴしりと固まった。ダンブルドアがいるとは思わなかったらしい。

 三人の生徒に微笑んで、ダンブルドアは彼らを小屋に招き入れた。一番に入ったハーマイオニーは、リンの姿を見て「まあ!」と目を丸くした。

「リン! ホグズミードには行かなかったの?」

「買い物よりハグリッドの方が大事だったからね」

 もう一度ハグリッドの腕をポンと叩いて、リンはにっこりと笑った。新しいメンバーのために紅茶とケーキを用意したダンブルドアも、目をキラキラさせて微笑んだ。

 それから、ハリーたちからの慰めも得て、ハグリッドは元気を取り戻したようだった。ダンブルドアが去ったあと、ホグワーツに入学したときに撮影したという父親との記念写真を見せてくれた。

「髭がないハグリッドって、なんだか新鮮」

「どこに感想を持ってるんだい?」

 しみじみと呟いたリンに、スイが呆れ顔を向け、斜め向かいでケーキを頬張っていたロンがツッコミを入れた。ハグリッドはあまり気にした風もなく、のんびりと思い出話を語る。

「『生まれ育ちを恥じることはないぞ』って、俺の父ちゃんはよく言ったもんだ……『そのことでおまえを叩くやつがいても、そんなやつはこっちが気にする価値もない』ってな」

「いいお父さんね」

 マグカップを握りしめて、ハーマイオニーが微笑む。ハグリッドは「ああ」と力強く頷いた。

「親父は正しかった。俺がバカだった。……あのひとのことも、もう気にせんぞ。約束する。骨が太いだけだと……よう言うわ」

 反応に困り、リンとハリーたちは顔を見合わせた。ハグリッドがマダム・マクシームに話した内容を知っているとは、友情の手前、口が裂けても言えない。視線を交わして悩む四人をよそに、スイが呑気にビスケットを口に放り込む。

 聞き手の反応に、ハグリッドは思ったより気を向けていないらしい。自己完結してつらつらと語り続ける。

「あのなあ、ハリー、おまえさんにはじめて会ったとき、昔の俺に似てると思ったんだ。父さんも母さんも死んじまってて、おまえさんはホグワーツでやってけねえと思っちょった……覚えとるか?」

 ハリーが「うん」と首肯した。ロンとハーマイオニーが意外そうな目でハリーを見る。リンは、そういえばダイアゴン横丁でハリーとハグリッドに会ったことがあったなぁ……と、感慨深げに思い返した。

「ホグワーツに入る資格があるのかどうか、おまえさんは自信がなかったなあ……ところが、ハリー、どうだ! いまや学校の代表選手だ!」

 ハグリッドが声高に言った。キラキラとコガネムシのような目が輝いている。リンがハッフルパフ生として「……セドリックもホグワーツ代表なんだけど」と呟いた。しかしハグリッドの耳には入らなかったらしい。

「ハリー、俺はな、おまえさんに勝ってほしい。みんなに見せてやれ。純血じゃなくてもできるっちゅうことを。生まれを恥じることはねえ……魔法ができる者ならだれでも入学させるのが正しいってことを、証明してやれ。ダンブルドアが正しいってな」

「うん、分かった。僕、がんばるよ」

 ハリーが頷くと、ハグリッドはいまだ涙の跡が光る顔を綻ばせた。うれしそうに「それでこそ、俺のハリーだ」と笑う。

「目にもの見せてやれ、ハリー。みんなを負かしっちまえ」

「そうだよ、勝てよ、ハリー」

 モグモグとケーキを飲み込んで、ロンが便乗した。ちなみに、皿のケーキは三分の一ほど減っているが、手をつけているのはロンだけだ。ほかのメンバーは、スイは別として、ハグリッドの聞き手に徹している。

「いまのところ、君とクラムが同率一位なんだ。この調子なら勝てるよ!」

「まあ、ロンったら。まだ分からないわよ。課題はあと二つもあるんだから」

 ハーマイオニーが呆れた調子で言ったが、ロンは再びケーキを頬張り、彼女のセリフを無視した。

「課題といえば、ハリー、あの卵はどうなってる? 中のヒントは解けたのか?」

 手近にあった布巾で顔を拭っていたハグリッドが、不意に尋ねた。リンも興味深そうな視線をハリーに向ける。スイも尻尾をピンと立て、ビスケットを飲み込んだ。

「大丈夫だよ」

 紅茶を飲もうとしていたハリーが、慌ててカップを口から離して言った。

「ヒントはもう解けたんだ。いまは対策を練ってるとこ」

「なにか手伝おうか?」

 のんびりとケーキを取り分けながら、リンが首を傾げた。視線をハリーに向けているのに、きれいにケーキを小皿に移している。いやに器用だなとスイは思った。

「あー……いいや。大丈夫だから」

 ちょっと迷う素振りを見せ、ハリーが申し入れを断った。リンが瞬きをし、ハグリッドとスイが目を丸くする。てっきり「手伝って」と言われると思ったのだが。疑問符を脳内に飛ばすリンの様子を見て、ハーマイオニーが口を開いた。

「リン、あなたはセドリックを手伝ったらどう?」

「セドリックを? でも、それは必要ないんじゃないかな。彼は私より年上で知識もあるだろうし、ジン兄さんとかエドガーもついてるし……」

「あなたって、まったくひどい鈍感ね」

 ハーマイオニーは溜め息をついた。途中で理解したスイも、やれやれと首を振り肩を竦める。ぱちくり瞬いて、リンは視線を巡らせたが、なぜか誰とも目が合わなかった。

4-49. ハグリッドの回復
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