一月の半ばになっても、ハグリッドは姿を見せなかった。食事のときも大広間に現れず、校庭で森番の仕事をしている様子もなく、「魔法生物飼育学」の授業にも出てこなかった。

 小屋のドアは固く閉め切られ、窓にも鍵がかけられ、カーテンが全部閉まっていた。何度も訪問してドアをノックしても、ファングが鳴くばかりで、ハグリッドが動く気配もない。

 徹底した面会謝絶を食らい、リンは溜め息をついた。ずいぶんとハグリッドの心は傷ついているらしい。ハリーほどではないが、リンもリータ・スキーターへの怒りを静かに膨らませた。

「ねえ、リン、ほんとうに行かないの?」

 ホグズミード行きを許可された日、居残ると決めたリンに、ハンナが不安そうに意思確認をした。リンは首肯し、微笑みながら「お土産を楽しみにしてる」と五人を見送った。

 それから踵を返して、校庭の方へ出る。目指すはハグリッドの小屋だ。保温魔法が施されたマントを羽織ったスイが、リンの肩の上で呆れたように尻尾を揺らした。

「なにもこんな日にまで行かなくても……」

「遊びに行きたいなら、ハンナたちと行けばよかったじゃない」

「かわいい妹を一人で男の元には行かせないよ」

 至極まじめな顔でスイが言った。その言葉に笑ったところで、リンはふと前方の人影に意識を向けた。この寒い中、軽快に歩を進めていくヒョロリと痩せた魔法使い ――― ダンブルドアだ。

 どうやら彼もハグリッドの小屋へと向かっているらしい。邪魔だろうから時間をずらそうか……そう思ったとき、不意にダンブルドアが立ち止まり、振り返った。リンに向けて穏やかに手招きをする。リンはぱちくり瞬いたあと、ダンブルドアの元へと駆け寄った。

「ダンブルドア先生、こんにちは」

「こんにちは、リン。こんなところで会うとは奇遇じゃの」

「先生もハグリッドのところへ?」

「そうじゃよ。そろそろ彼の顔を見たくてのう。リン、わしと一緒に行かぬか?」

「よろしいんですか?」

「もちろんじゃ……かわいい生徒が来てくれた方が、ハグリッドもうれしいじゃろう」

 ほけほけと笑うダンブルドアに、スイは「なんて呑気な」と思った。自然と目が半眼になる。視線を感じたダンブルドアは、スイへと目を向けて、読めない表情で笑った。


 さすがに校長の訪問となると、門前払いするわけにはいかない。ハグリッドは固く閉ざしていたドアを開けた。悠々としたダンブルドアに続いてリンが小屋に入ると、ファングが飛びついてきた。

 ファングの耳を掻いたあと、リンはお茶を用意しようとしているハグリッドへと向かい、後ろから抱きついた。身体の大きさの違いから、むしろ彼の腰に体当たりしたような感じだったが。

「ハグリッド、久しぶり。会いたかったよ」

 オーバーコートに頭を押しつけて、リンが言った。ハグリッドが動きを止めて息を詰める気配がし、数秒の沈黙のあと「よう、リン」と震えたしわがれ声が降ってきた。

 リンはハグリッドから身体を離した。彼の正面へと回り込み、彼の顔を見る。ひどかった。散々泣き暮らしたらしく、両目は腫れ上がり、顔も斑になっている。あんなに(本人なりに)がんばって手入れしていた髪も、いまや絡み合った針金の束のようだった。

「ひどい顔だね、ハグリッド」

 さらりと言うリンの背中を、スイが尻尾でバシッと叩いた。失礼にも程がある。ハグリッドは唇を震わせたが、何も言わなかった。その顔を、リンはじっと見つめる。

「ずっと泣いていたの? 一人で? 私やハリーたちに慰めさせてくれないで?」

「や ――― 安い同情なんかいらねえ」

 ハグリッドが声を詰まらせた。発された言葉に、リンが眉を吊り上げる。

「安い同情? 失礼な。深い友情の表れだよ。私たちは友達でしょう?」

「そりゃ、俺だって、おまえさんと友達でいてえ。だけんど、」

「あなたに巨人の血が流れていようと、そんなことは問題じゃないよ」

 モゴモゴとしたハグリッドの言葉を遮って、リンがきっぱりと言った。ふと視線を巡らせたスイは、ダンブルドアがファングを構いながら、しっかりとこちらに意識を向けているのに気づいた。

「友達でいたいって気持ちがあれば、それで充分なの。生まれがどうであれ、ハグリッドはハグリッドなんだから」

「だが、おまえさんはそうかもしれんが、ほかのやつらはちがう。俺が受け取った手紙を見ろ、俺が怪物だとか、やられちまえとか、」

「分かった。その手紙をちょうだい。呪いかけて送り返す」

 やめんかい。その気持ちを込めて、スイはリンの背中に尻尾を振り下ろした。至極まじめな顔でなんて物騒なことを考えるんだ。小さく身震いするスイの視界の隅で、ダンブルドアも肩を震わせていた……あちらは笑いからくる震えのようだが。

 尻尾が痛かったのか、リンが眉をひそめ、スイをテーブルの上へと置いた。それから再びハグリッドに向き直る。

「あのね、ハグリッド。悪口言うのに正面切って顔を突き合わせる度胸もない腰抜けたちの言うことなんか、気にしちゃだめ。そんなやつら、むしろ小物だって笑ってやればいいんだよ」

「だけんど、」

「なに、ハグリッド? 悪質なペンの使い手の言葉は真に受けるのに、友達である私の言葉は信じられないの?」

 まだ言い募ろうとするハグリッドを、リンがまたもや遮った。不機嫌そうに眉を寄せて、じとりとハグリッドを見やる。ハグリッドがたじろぐ。リンは眉根の力を抜き、大きな友人の手を取った。

「……お願いだから戻ってきてよ、ハグリッド。あなたの笑顔が見えないと、私、とても寂しいんだ」

 目を伏せて、リンはぎゅっと大きな手を握る。スイは、ハグリッドの目から大粒の涙がこぼれ落ちたのを見た。

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