クリスマスの翌日、リンは九時すぎに目を覚ました。いつもなら六時前には起床しているのだが、今日ばかりは仕方ない。昨夜のパーティーが終わったのが真夜中だったのだ。慣れないことばかりで疲れたし。

 それに、リンはまだマシな方だった。ハンナたちは昼まで寝ていたし、ほかの生徒たちも、起きてはいても気だるげで欠伸を繰り返す者が多かった。ただ一人スイだけはいつも通り元気だったが。

 ハンナたちの支度をスイが待てず、二人だけで昼食を取りに大広間に向かったリンは、ハリーたちに声をかけられた。なにやら話したいことがあるらしい。

 グリフィンドールのテーブルで食事を済ませることにして、リンは食事をしつつ彼らの話に耳を傾けた。彼らが気にしていたため盗聴防止の結界も張っておいた。話題はハグリッドの人種についてだった。

「どこかに巨人の血が流れてるってことは、なんとなく気づいてたよ。体型と力が常人離れしてるもの」

 ハグリッドが半巨人だというニュースに対して、リンはそうコメントした。ロンが「気づいてたなら言ってくれればよかったのに」とぼやく。スイのためにアップルジュースを注いだリンが、首を傾げた。

「だって、本当のところは分からなかったし、言ったところで何か変わるわけでもないでしょう? 巨人の血が混じっていようと、ハグリッドはハグリッドだもの」

「ね、そうよね、リン」

 トーストを飲み込んだハーマイオニーが力説し出した。

「巨人だからって負の印象を持つなんて、どうかしてるわ。全部が全部みんな恐ろしいってわけじゃないのに……狼人間に対する偏見と同じよ。単なる思い込みで差別して、人権を侵害してるんだわ!」

 ぷりぷり怒るハーマイオニーに、リンは瞬いた。向かいではロンが痛烈に反論したそうな顔をしている。しかし、ロンは頭を振るだけで何も言わなかった。いつもだったら喧嘩になるのに、自制するとは珍しい。首を傾げるリンの横で、スイが尻尾を揺らした。



 やがて、新学期が始まった。

「今日は何の授業があるんだっけ?」

 朝食の席で、クロワッサンを頬張ったベティが尋ねた。パラパラと皮のかけらがテーブルに落ちる。スーザンが眉を吊り上げるのを視界に入れなから、リンが答えた。

「一限目は『薬草学』」

 げっ、さいあく。ベティが呻いた。その向かいでハンナも「こんなに寒いのに外に出なきゃいけないなんて……」と眉を下げる。アーニーが「大丈夫さ」とフォローを入れる。

「授業は温室でやるから、そこまで寒くないはずだ」

「そうだけど、移動時間が寒いのよ」

「じゃあ保温魔法でも使ったらどうだい?」

 それでも口を「へ」の字にするハンナに、ジャスティンが提案した。ハンナが瞬きをしたあと「ジャスティン、頭いい」と呟いた。

 そんな会話を耳に入れながら、朝食を終えたリンは灰色のフクロウから「日刊予言者新聞」の朝刊を受け取った。広げると第一面の冒頭に、なんとハグリッドの写真が載っている ――― 見出しは、ダンブルドアの「巨大な」過ち。

「……?」

 眉を寄せて、リンは記事に目を通した。

 その記事はリータ・スキーターが寄稿したもので、内容はハグリッドが半巨人であることを暴露するものだった。そればかりか、ハグリッドが獰猛な怪物を授業で扱い、生徒を恐がらせているなどと述べ、彼の狂暴性・危険性は母親から受け継いだ巨人の血に起因するとまとめていた。

「………」

 記事を読み終えたリンは、教員テーブルに視線を滑らせた。ハグリッドの姿は、ない。おそらく、この記事を目にしてしまい、引きこもってしまったのだろう。ぐしゃり、リンの手のなかで新聞に皺が寄った。



 薬草学の授業中、リンはわざわざハリーたちの作業班に加わって、新聞記事について知らせた。記事を読んで、ハリーは激昂し、ロンは呆然とし、ハーマイオニーも唖然とした。

「あのスキーターって女、なんで分かったのかしら? ハグリッドがあの女に話したと思う?」

「思わない。僕たちにだって一度も話さなかったんだから」

 ハーマイオニーが囁くと、ハリーが半ば怒鳴るように言った。間一髪、リンは音漏れ防止の結界を張ることに成功した。確認のため視線を滑らせるが、ほかの生徒もスプラウトも、リンたちの会話に気づいていないようだった。

「あの女、僕の悪口を聞きたかったのにハグリッドがまったく言わなかったから、腹いせにハグリッドのことを嗅ぎまわってたんだ!」

「ダンスパーティーで、ハグリッドとマダム・マクシームの会話を聞いたのかもしれないわ」

「そんなわけないよ」

 バンッと作業バサミを乱暴に机に置くハリーの向かいで、ハーマイオニーが慎重な顔で思案した。しかし、彼女の意見をロンが否定する。

「それだったら僕たちが目撃してるはずだし、そもそもスキーターは学校に立入禁止になってるだろ」

「あいつは『透明マント』を持ってるのかもしれない。そのほか、いろんな方法で盗み聞きしたんだ。決まってる。あの女ならそのくらいのことは平気で、」

「スキーターの情報源については、ひとまず置いておいて」

 怒り心頭のハリーを遮って、リンが発言した。三人が視線を向けてくる。

「夕食のあとにでも、ハグリッドに会いに行かないと。たぶん気に病んで引きこもっちゃってるよ」

「もちろんだよ! ショックを受けて先生も森番もやめるなんてこと、僕、絶対に許さない!」

 ギラギラと燃える目をしたハリーを見て、リンは瞬いた。よほどハグリッドが好きなのか、それとも、よほどスキーターが気に食わないのか……。どちらにせよ、怒りの炎が熱い。ハリーはやっぱりグリフィンドール生だと、リンは思った。

4-48. ハグリッドの傷心
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