「妖女シスターズ」が演奏を終えたのは真夜中だった。最後に盛大な拍手を送ったあと、生徒たちがみんな玄関ホールへの道を辿り始める。ロンと二人で巨人について語り合ったハリーも、その群れに加わった。

 ダンスパーティーがもっと続けばいいのに。そんな声があちこちから聞こえた。しかしハリーはベッドに行けるのがうれしかった。ロンとハーマイオニー、ハグリッドとマダム・マクシームたちのせいで、今日の夜はあまり楽しい時間にはならなかった……。

 ハリーとロンが玄関ホールに出ると、クラムとハーマイオニーの姿が見えた。クラムが船に戻る前に、おやすみなさいの挨拶をしているらしかった。それを見てロンが渋面をする。

 挨拶を終えてクラムと別れたあと、こちらに気づいたハーマイオニーは、ロンに冷たい視線を浴びせ、一言も言わずに傍を通りすぎ、階段を上っていった。ロンも何も言わなかったが、階段を踏みつける足音がやけに乱暴だった。

 二人ともめんどくさいなあ。そんなことを思っていたハリーは、不意に誰かに名前を呼ばれた。振り返ると、セドリックが駆け寄ってくるところだった。

 その背後では、きれいに着飾ったリンが、セドリック越しにハリーを見ていた。目が合って、リンが微笑み、軽く手を振ってくる。ハリーは手を振り返したかったが、セドリックの手前、笑い返すだけにとどめた。

 ハリーの前に到着したセドリックは、ロンに視線を向けた。気まずそうな表情が顔に浮かんでいる。ロンのいるところでは話しづらいようだった。眉を上げたロンは、ハリーに「先に帰ってる」と言い置いて、一人で階段を上っていった。

 去り際に、大声で「おやすみ、リン!」と叫んだのは、きっと意趣晴らしか当てつけだろう。リンは目を丸くしたあと、いつもより大きめの声で挨拶を返した。セドリックは困ったように眉を下げていた。

「それで、セドリック、なんの用だい?」

 遠慮がちにハリーが聞いた。早く話を済ませないと、リンの帰りが遅くなってしまう……そう懸念してのことだった。セドリックは辺りを見回したあと、口を開いた。

「金の卵について、君の助けになれたらと思って。ほら、君は僕にドラゴンのことを教えてくれたからね」

「ああ……そのこと。気にしなくていいのに」

「いいや。あの情報のおかげで準備ができたんだ。感謝してるよ」

 にっこり笑うセドリックに、ハリーはむず痒さを感じた。だけど悪い気分ではない。むしろ好ましいムズムズ感だった。

「それで、卵のことだけど。開けたとき、君の卵は恐ろしい悲鳴を上げるかい?」

「うん」

「よかった。じゃあ僕と同じ方法で解けるはずだ。ばらばらにヒントが出されてたらどうしようかと思ったよ」

 安堵の息を吐いて、セドリックは一度リンの方を振り返った。リンはハンナたちと会話に花を咲かせていた。それを確認して、セドリックは再びハリーと向き合った。

「そうだな……やっぱり風呂かな……湖は寒いし……」

「え?」

「風呂だ。ハリー、風呂に金の卵を持っていくんだ」

 卵の謎を解くヒントが、風呂? どういうことだろう? 頭の中を疑問符で埋めるハリーに、セドリックが続ける。

「あの音は水中人の声なんだ。だから、水中でしか声にならない」

「じゃあ……つまり……水の中で卵を開けたら、何を言ってるか分かるってこと?」

「そういうことだ」

 ハリーが自分なりに推理して出した答えを言葉にすると、セドリックが肯定した。そうかと納得する。ハリーが卵を開けた場所は水中ではなかったから、耳をつんざくばかりの荒々しい悲鳴にしか聞こえなかったのか。

 ハリーは、自分よりずっと高い位置にあるセドリックの顔を見上げて、にっこり笑った。

「セドリック、すごいね。僕、あれが言語だなんて思いもしなかったよ」

「いや、僕も最初は暗号か何かだと思ってたんだ。水中人の声だって気づいたのは偶然だよ。浴槽の中に卵を落としちゃって」

 気恥ずかしそうに眉を下げるセドリックに、ハリーは瞬いた。浴槽の中に卵を落とすって、どんな状況だ。風呂にまで卵を持ち歩くほど、謎解きに精を出していたということだろうか……どうしよう。本気度がちがう。僕なんて放置して遊んでたよ。

 「卵を温めるために風呂に持っていった」という、けっこう阿呆っぽい真相を知らず、ハリーは自分の軽い心構えを恥じた。もっと真剣に取り組もうと反省する。

「えっと、じゃあ、ありがとう、セドリック」

「ああ、うん……あ。ハリー、最後にもう一つ」

 このあたりで別れようと挨拶したハリーを、セドリックが呼び止めた。まだ何かあるんだろうか? 首を傾げるハリーに、セドリックは微笑む。

「監督生の風呂場を使うといい。そこだったら普通の生徒は入ってこれないから、あまり邪魔が入らない」

「でも、それなら僕も使えないんじゃないの?」

「……たぶん、君なら大丈夫だと思う。君は代表選手だから。それに、ほかのみんなに言いふらさないだろう?」

「絶対に言わない」

 まじめな顔で約束するハリーに、セドリックは安心したように頬を緩め、詳しい位置情報と合言葉を教えてくれた。ハリーはそれを頭の中に叩き込んだ。六階の「ボケのボリス」像の左側、四つめのドア。合言葉は「パイン・フレッシュ」……。

 しっかりと記憶して、ハリーは再びセドリックを見上げ、笑いかけた。

「ありがとう」

「いや、僕の方こそ時間を取っちゃってごめん。じゃあ、もう行かなきゃ……リンを待たせてるからね。おやすみ、ハリー」

 最後に微笑んで、セドリックは急いで階段を下り、リンのところへと向かった。ハンナたちが気を利かせてか先に帰り始める。リンがこちらを振り返る前にと、ハリーは彼女に背を向けた。

 階段を数歩上って、そっと振り返る。リンがセドリックと歩き出すのが見えた。ハリーにはリンの顔は見えなかったが、セドリックの顔は見えた。柔らかく目を細めて微笑む彼は、とても幸せそうだった。

(……がんばれ)

 心のなかでひっそりと応援する。そんな自分に驚く、なんてことはなかった。なんとなく、ハリーは分かっていた。

(僕がリンに対して持ってる“好き”は、セドリックの“好き”とはちがう)

 じゃあ ――― ハリーの“好き”は、どんな意味での“好き”なんだろう? そんな疑問が胸に湧き上がってきたが、こちらはハリーには分からなかった。

4-47. 解ける謎、解けない謎
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