| その後ノットは、リンの容姿についての褒め言葉をいくらかかけ、締めくくりにリンの手の甲にキスを落とし、静かに去っていった。
さすが貴族……。リンは頭の片隅で思った。スリザリンの男子生徒には気をつけよう。
リンがぼんやりしていると、不意にセドリックが「……少し外に出ようか」と声をかけてきた。瞬きしたあと、リンは頷き、セドリックと一緒にテーブルを離れ、玄関ホールへと抜け出した。
開け放たれた正面の扉から石段を降りていくと、外の芝生には魔法でバラの園が作られていた。妖精が中を飛び回り、光が瞬き煌めいている。あちらこちらに置かれたベンチには、それぞれ人影が座っていた。
「きれいですね」
くねくねした散歩道の一本を歩きながら、リンが言った。ふわふわと妖精が何匹か近づいてきて、リンの頭の周りを飛び回る。視界いっぱいに妖精の光が煌めく。
「……うん。すごくきれいだ」
不意に立ち止まって、セドリックが言った。つられて立ち止まり、リンは瞬く。なぜか、その穏やかな目が妖精ではなく自分に向けられているような気がして、リンは妙に居たたまれない気持ちになった。
なんだろう。いつもと雰囲気がちがうからだろうか、胸がざわざわする。むず痒い。なんとなくだが話題を変えた方がいい気がした。だが、リンより先にセドリックが口を開いた。
「さっきのルーナって子が言った通りだね」
「え?」
「リンは、すごく好かれてる」
妖精がリンの髪にじゃれついているのを見て、セドリックがクスクス笑った。リンの方は、自分の頭の上で何が起こっているのか分からないため、なぜ笑われるのだろうかと首を傾げる。セドリックはついと手を伸ばした。
「……きらきら照らされて、まるでリンも妖精みたいだ」
そっと髪に触れられて、リンは息を詰めた。だいぶ慣れたのか身体が竦んだりすることはないが、まだ緊張する。セドリックが何を思って触ってきているのか知らないが、早く離れてほしい。心臓がもたない。
「……ああ、ごめん。髪が少し乱されちゃってたから、ちょっとだけ直したくて」
リンが困惑していることに気づいて、セドリックが言った。少しだけ我慢してほしいと頼まれて、リンは頷く。内心はまったく穏やかではないが。優しく触れてくる手に、触覚が敏感に反応してしまって、つらい。
少しってどのくらいだろう、いつ終わるのかな。考えながら、うろうろと視線を彷徨わせるが落ち着かず、ついにリンは目を瞑った。おかげでますますセドリックの手つきを肌で感じてしまうのだが、仕方ない。視界に彼の顔や身体がアップで映ることよりはマシだ。
「……もしかして、リン、緊張してる?」
やがて、頭上からセドリックの笑い声が降ってきた。髪に触れる手はそのままに、クスクスと空気を揺らしてくる。リンは目を開けて、じとりとセドリックを見上げた。
「お、終わったなら、離れてください」
「………」
「……セドリック?」
「終わったけど……離れたくはない、かな」
だめかい? なんて首を傾げて、セドリックは手をリンの頬へと滑らせた。予想外の言葉に呆然とするリンをいいことに、親指の腹で頬を優しく撫でる。さらに、半歩ぶんリンとの距離を詰めてきた。もともと一歩ぶんも空いてなかったため、ほとんど距離がなくなる。リンが赤面した。
「セ、セドリック、」
「ごめん。少しだけだから、許してほしい」
きゅっと眉を切なげに寄せるセドリックに、リンは言葉を呑み込んだ。その表情でそのセリフはずるいと思う。チラチラと、妖精の光がセドリックを仄かに照らす。リンは直視できなくて、ぎゅっと目を瞑った。ふわりと、気配が近づいてくる ――― ……。
「しつこいぞ、イゴール!」
突然届いた大声に、リンもセドリックも身体を跳ねさせた。リンがバチッと目を開いた瞬間、すぐ傍の茂みの向こう側からまごついた声が聞こえてきた。
「しかし、セブルス……私は本当に心配しているのだ。君も分かっているだろう、この印とあのとき現れた印が何を意味しているか」
「口を閉じろ。ここで話す内容ではない。何度も言わせるな。誰に聞こえるか分からん」
スネイプがピシャリと言った。直後、リンたちと彼らを隔てている茂みに穴が開いた。セドリックが素早くリンを引き寄せて呪文の進路から退き、距離を取る。
穴の向こう側から、不機嫌そうなスネイプが顔を覗かせた。そして、セドリックに抱きしめられるような体勢になっているリンを見て静止した。顔が驚きの表情のまま固まっている。
「……セブルス? いったい、」
呆然としているスネイプの背後から、カルカロフがこちらを覗き込んだ。ぱちり、彼とリンの目が合う。一拍置いてカルカロフがハッと息を呑んだ。
「セブルス、彼女はもしや、」
「ハッフルパフは十点減点だ、ディゴリー。貴様は監督生だろう。不純異性交遊は認められんぞ」
何か言おうとしたカルカロフを遮って、スネイプが低い声を出した。セドリックが慌ててリンから離れる。その隙にスネイプが小声で「その質問はあとにしろ」とカルカロフを制するのを、リンはしっかりと聞き取った。
リンが怪訝な表情を浮かべたとき、独特な固い足音がした。
「仲良く風紀の見回りか。感心だな、スネイプ、カルカロフ」
生け垣のせいで姿は見えないが、ムーディだった。音から判断するに、義足を懸命に動かしながら芝生を歩いてきているらしい。カルカロフの顔色が変わった。スネイプが顔を引っ込める。
「一緒に見回りをしているわけではない。カルカロフ校長とは、たまたま鉢合わせただけだ」
「ほう、そうかね?」
疑念をたっぷりと含んだ声をきっかけとして、ピリリとした空気が流れる。静かに様子を窺うリンの横で、セドリックは困惑しているようだった。固い足音がすぐ傍で止まる。
「ディゴリー、ヨシノ、外は冷える。なかに入ったらどうだ?」
茂みの向こうにいるムーディが、そう声をかけてきた。セドリックが反射的に返事をして、リンへと手を差し出してくる。静かにセドリックを見上げて、リンは彼の手を取った。
(……カルカロフは、私が何だと言いたかったんだろう)
歩きながら疑問に思ったが、当然、答えは分からなかった。
4-46. バラの園にて
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