天気は最悪、ひどい雷雨だった。

 毎年恒例の「馬なし馬車」に乗っている間、雷が鳴る度、リンはローブを握り締める力を強くした。相変わらずトラウマは簡単には消えてくれそうにない。

 青白い顔色のリンを見上げ、スイはそっと彼女に寄り添った。

 馬車から降り、ホグワーツ城の玄関ホールに足を踏み入れたところで、リンはほっと息を吐いた。隣にいるハンナはブルブルと震えている。

「ひ、ひどい雨だったわ……」

「ちょっと、大丈夫、ハンナ? 震えてるじゃないの ――― ハ、ックシュ!」

「ベ、ベティ、ひ、ひとのこと、い、いえないわよ」

 おまえら全滅じゃないか。女子三人を見て、スイが心の中でツッコミを入れた。見かねたリンが、ひょいと手をかざして一振りする。スイも含めて七人が一瞬で乾いた。

「ああ、リン、感謝するよ。相変わらず素晴らしい魔術の腕前だね」

「早く行こう ――― っと」

 アーニーからの謝辞を受け流し、先へと促したリンだったが、素早く上方に結界を張った。大きな赤い水風船が、結界に当たって割れる。

「やあ、ピーブズ。なにしてるの?」

 リンは朗らかに挨拶をする。四、五メートルほど上空に、ポルターガイストが一体、プカプカ浮かんでいた。水風船を手に、次の標的に狙いを定めている。

「なーんにもしてないよ! どうせビショ濡れなんだろう? 濡れネズミのチビネズミ! ウィィィ ――― ブフォッ?!!」

 まったく……と、リンが肩を竦めた瞬間、ピーブズが放り投げた水爆弾は彼自身に跳ね返った。そのまま水が寄り集まって大きな水球をつくり出して、ピーブズを呑み込む。

「私、いま少しだけ機嫌が悪いんだ」

 無感動に見上げ、リンは言った。ピーブズの口や鼻から、どんどん水が入り込んでいく。そして ――― 「ギャァア!!!」という悲鳴と同時に、ピーブズが破裂した。ちょうど、水を入れすぎた水風船が破裂するように。

「ほら、五人とも、行くよ」

 降ってくる水を城外へと転送して、リンは歩き出した。ほかの生徒たちが硬直しているのは、無視だ。ただ、大広間の扉付近に立っていたマクゴナガル(おそらく、ピーブズを止めるために飛び出してきたところで、現場に出くわした)から「やりすぎです」と注意をもらったので、形だけの謝罪をしておいた。


**


 今年の新入生は、はっきり言って個性が強い。ハリーは思った。というのも、大広間に入った瞬間に騒ぎ出す生徒が二人もいたからだ。

「あっ! 見て、ヒロト! ジン兄さんだ! おーい、兄さーん!」

「リン姉様もいるよー、ケイ」

 ハリーが勢いよくリンの方を振り向くと、彼女はあらぬ方向を見ていた。ついでに見たが、レイブンクローの監督生、ジン・ヨシノも、いままで見た以上に冷めた無表情で新入生を見つめていた。

 ジンとリンの態度も、マクゴナガル先生の注意も、大広間中の生徒の注目も、一切合財なんのその。二人組は興奮した様子で語り出した。

「聞いてよ、ジン兄さん! 僕、ヒロトとデニスと一緒に、湖に落っこちたんだ! あ、デニスって、新しくできた友達なんだけど!」

「すごかったんだよー? 三人で波に呑まれてたら、水の中の何かが僕らを捕まえてボートに押し戻したんだぁ」

「すっごくワクワクした! 入学初日から大冒険だよ! ねえ、ヒロト、デニス!」

「ねー、ケイ。入学早々、嵐に波立つ底知れない湖に投げ込まれ、得体の知れない怪物に押し戻されるなんて……すごーくスリリング。こんなすてきなこと、願ったってめったに叶うものじゃないよ。でしょー、ジン兄様、リン姉様?」

「あっ、そうだ! リン姉さん、ねえ、知ってる? デニスって、」

 ゴンッという音と共に、ケイの話は途切れた。どこからか現れたゴブレットが二人の頭に激突したのだ。そしてすぐ、通路を(トレローニー先生より滑らかに)進んだジンが、二人の頭をガッと鷲掴んだ。

「……せめて組分けの儀式が終わるまでは、静かに大人しくしていろと、散々、延々と、とっくり言い聞かせておいたはずだが……?」

「あっ、そういえばそうだった!」

「湖に落ちて、すっかり頭から抜けちゃってたぁ」

 まったく反省の色が見えない。ジンの頬が引き攣る。チラリとジンが視線を流す。ハッフルパフのテーブルにいるリンは、目を閉じて寝ている振りをしていた。逃げた……。ハリーは思った。ジンも同じらしい。

「……すみません、教授。あとで叱っておきますので」

 とりあえず深々と溜め息をついたあと、ジンはマクゴナガル先生に頭を下げた。ちっとも事の重大さを理解していない二人も、無理やり、物理的な力を加えて頭を下げさせる。

「……なんだ、あのおもしろい生徒たちは」

「ぜひとも我がグリフィンドールにほしいなあ」

 フレッドとジョージが機嫌よく、あくどい顔つきでニヤニヤ笑った。ロンを見ると、なんとも微妙そうな顔をしている。ハーマイオニーは、見る前から予想がついていたが、ギュッとしかめ面をしていた。

 ハッフルパフのテーブルに目を向けると、エドガー・ウォルターズが、双子と同じくニヤニヤして、不干渉を貫くリンをつついていた。ベティ・アイビスも便乗し、ジャスティン・フィンチ-フレッチリーが注意をしている。アーニー・マクミランが、首を振り振り呆れていた。

 なんとなく教員テーブルを見てみると、見事に反応が分かれていた。ダンブルドア先生、フリットウィック先生、スプラウト先生は、ニコニコと楽しそうに微笑ましそうに騒ぎを眺めていた。反対に、スネイプやフィルチ、トレローニー先生などは、二人が気に入らない様子だ。

「リンが言ってた、双子に似た悪戯小僧たちって、あの子たちのことね。リンの言葉が正しければ、グリフィンドールに来るわよ」

 ハーマイオニーが言った。そしてその通り、最後に組分けをされた二人組は無事にグリフィンドール生となった。ハリーは、ジンが安堵の息をついたのを確かに見たと思った。

 ちなみにリンは、最後から三番目に組分けされハッフルパフに選ばれたケビン・ホイットビーに握手を求められ、応じていた。


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