「それから………そうだな、他の者は薪を集めに行こう」

「竈〔かまど〕があるってのに?」

 簡単にやればいいのではと進言したロンに、ウィーズリー氏はとんでもないと首を振った。ただ、目は期待の色を宿している。

「ロン、何を考えているんだ? さっき言っただろう? 魔法は原則許されない。マグル安全対策だ!」

「それ守ってる人なんて ――― いたっ?!」

「水汲みは任せてくださいね、おじさま」

 呆れた風に溜め息をついたロンが、言葉の途中で飛び上がった。リンは横目で、ニッコリ微笑むハーマイオニーを見た。彼女の足がリンのスニーカーの上から退いたのを感じたため、いまロンに何が起こったのか、リンは確信めいた推測を得ている。

 ちなみに一部始終を後ろから客観的に眺めていたハリーは、女性は怖いと実感していたりする。ペチュニアおばさんやマージおばさんとはまた違う、どちらかというとウィーズリーおばさんに近い恐ろしさだ。

 ハーマイオニーの将来を少しだけ心配していたハリーは、当の本人によってテントから追い出される形で外に出た。

 外では双子とジニーが石を投げ合って遊んでいた。ハリー、ロン、リン、ハーマイオニーとスイに続いて出てきたウィーズリー氏が、眉を吊り上げて三人を叱り始める。

 父親と子供たちの応酬を聞き流しながら、リンたちは女子用のテントを軽く見学した。男子用より幾分小さいが、猫の臭いはしなかった。

「こんなの不公平だよ」

「不平等不公平は世の摂理ってやつだよ」

 不満たらたら文句を言うロンに、リンが笑う。完全に他人事な対応である。スイはヒョイと尻尾を振った。

「それに、借り物に対して文句を言うのは失礼だよ」

「その言葉、そっくりそのまま、さっきのあなたに言ってやりたいわ」

 続いたリンのセリフに、ハーマイオニーが眉を吊り上げた。リンは首を傾げる。

「どうして? 私、文句なんて言ってないよね?」

「猫がどうのって言ってたじゃない!」

「あれは純粋な疑問だよ」

 文句ではないと、しゃあしゃあと言ってのけるリン。その度胸と口の達者さに、男子二人はある意味で驚嘆した。ハーマイオニーは不愉快そうに顔をしかめている。

 ドンマイとスイが見ていると、彼女は勢いよく男子を振り返った。

「……ロン! あのテントがそんなに嫌なら、外で寝たらどうなの?」

「僕に八つ当たりするなよ!」

 ロンは抗議しようと口を開きかけたが、ハーマイオニーの一睨みで黙った。弱すぎる……スイはやれやれと溜め息をついた。ロンの将来は絶対、父親と同じように、女の尻に敷かれることになるだろう。

「ハーマイオニー、そろそろ水汲みに行こうよ」

 流れる空気をどうにかしようと、ハリーが言った。ハーマイオニーは一瞬きょとんとしたあと、パッと手で口元を覆う。その拍子に彼女の手から離れたヤカンを、地面に落っこちる前に、リンが救助した。

「まあっ、私としたことが、すっかり忘れてたわ!」

「いや、待ってハーマイオニー」

 早く行かなくちゃと意気込むハーマイオニーを、ふとリンが制した。

「君はここに残ってくれる?」

「どうして私が留守番をしなくちゃいけないの?」

 ハーマイオニーは憤然とリンに突っかかった。今度はなんだとげんなりする男子二人には目もくれず、リンは「落ち着いて」とハーマイオニーを宥める。

「これから火を熾〔おこ〕すんでしょう? ウィーズリー家の人たちは、その方法を知らないよ」

 そういえばそうである。スイはパチクリ瞬いたあと頷いた。ハリーたちも納得している。ハーマイオニーも思わず怒りを鎮めた。それを好機に、リンは淡々と畳みかける。

「水を汲んで帰ってきたら、まだ火が熾せてません、なんて状況はできれば遠慮したい。誰か一人、適切に指示する人がいなくちゃ。君だったらできるでしょう?」

「ええ。もちろん、できるわ」

「ならよかった。これで安心して水汲みに行けるよ」

 任せたとニッコリ笑って、リンは男子二人に声をかけて歩き出す。さりげなく、取っ手が外れかけの鍋は置いていく。

 遠くなっていくリンの背中を眺めながら、スイは思った。――― 面倒事を、見事に押し付けていったな、と。

 マグルの物に対してのウィーズリー氏の情熱と興奮は凄まじいものである。それを上手くいなしつつ指導をするのは、だいぶ骨が折れる ――― リンはそれを敬遠したのだ。

 まんまと口車に乗せられたハーマイオニーが事の重大さに気づくのは、もう少し先のことである。

 ナチュラルに置いてけぼりを食らったスイは、意外と根に持つ子だと、妹分に思いを馳せて溜め息をつく。だらんと垂れた尻尾が、ハーマイオニーの動きに合わせて不規則に揺れた。

4-12. 礼儀は大切、物は言いよう
- 163 -

[*back] | [go#]