ストーツヘッド・ヒルはなかなかのくせ者だった。あちこちにウサギの隠れ穴があるし、黒々と生い茂った草はかなり短い間隔で塊となっていて、みんなをしょっちゅう躓〔つまず〕かせた。

 やっとのことで登り終えたとき、みんな汗だくでぐったりしていた。日本で頻繁に山を登りに行くリンでさえ、そこまで汗はかいていないものの、息を乱している。ただ一人、リンのフードの中でぬくぬくしていたスイだけが、登る前と変わらない様子だった。

「まったく……、ペットは、気楽で、いいよな」

 ゼイゼイしながらロンが言う。スイは眉を吊り上げ、フードから抜け出してロンの肩へと飛び移った。疲れているところに突撃を食らって、ロンは呆気なくバランスを崩す。スイは追い打ちでロンの肩を蹴飛ばし、その反動を利用してリンの元へと飛んで帰った。ロンがベシャッと地面に倒れ込む。

 ハリー、フレッド、ジョージ、ジニーが爆笑した。ロンは顔を真っ赤にして怒鳴ったが、スイは無視して、またフードの中へ潜り込んだ。

「ほら、おまえたち、笑ってないで『ポートキー』を探しておくれ」

 ロンを助け起こしながら、ウィーズリー氏が言った。一行は無理やり笑いを引っ込め(フレッドとジョージは口元がまだ笑っていたが)、バラバラになって探し始めた。

 探し始めて二、三分も経たないうちに、大きな声がシンとした空気を破った。

「ここだ、アーサー! 息子や、こっちだ。見つけたぞ!」

 リンは視線を上げて振り返った。スイもフードから顔だけを出し、リンの肩越しに前方を見やる。丘の頂きの向こう側に、長身の影が二つ、星空を背にして立っていた。

「エイモス!」

 ウィーズリー氏が嬉しそうな声を上げ、ニコニコと彼らの方に近づいていく。リンたちもあとに従った。謎の二人の人物の顔が識別できるくらいの距離にきて、リンはパチクリ瞬いた。

 パッチリ目が合った彼が、ニッコリ微笑んで、リンに小さく手を振ってくる。リンが振り返したとき、ウィーズリー氏が褐色のゴワゴワした顎髭の魔法使いを紹介した。

「エイモス・ディゴリーさんだよ。『魔法生物規制管理部』にお勤めだ。息子さんのセドリックは、みんな知っているね?」

 スイが興奮して身体を揺らした気配を、リンは感じた。セドリック・ディゴリーは面々を見渡し、穏やかに朗らかに挨拶をする。みんなそれぞれ挨拶を返したが、フレッドとジョージは、なぜかリンを自分たちの背後へと引っ張り、セドリックに向かっては黙って頭をコックリしただけだった。

 ウィーズリー氏と軽く話をしていたディゴリー氏が、人のよさそうな顔で一行を見回した。

「全部君の子かね、アーサー?」

「まさか。赤毛の子だけだよ」

 ウィーズリー氏は笑って、自分の子供たちと、ハーマイオニー、ハリー、それから双子から奪還(?)したリンを、順番にディゴリー氏に紹介した。ハリーをしげしげ眺めていたディゴリー氏は、最後に現れたリンを見て目を丸くした。

「リン? リン・ヨシノかい?」

「……? はい」

 相手の反応に驚きながらも、リンは答えた。まじまじと見つめられて、少々居心地がよろしくない。スイも不思議に思ったのか、リンの肩に手と顎を乗せるようにしてディゴリー氏を見上げた。

「セドが、君のことを話してくれたよ」

 愛想よく笑ったディゴリー氏の言葉に、リンは目を瞬かせる。スイが視線を滑らせると、セドリックが頬を若干赤く染めていた。そわそわと視線を父親に向けるが、父親は気づかない。

「息子の口からよく出てくるんだ。どんなお嬢さんかと思っていたが……いやはや、こんなに綺麗な子とは……将来が楽しみだな? なあ、セド」

「その話はいいよ、父さん」

 セドリックがリンの方をチラッと見ながら、少し大きめの声で言った。ディゴリー氏はきょとんと息子を見たが、すぐにニコニコ(というよりニヤニヤ)して、息子の背中をポンポン叩いた。

 ディゴリー氏が「そうかそうか、うんうん」などと一人頷き、他の面々は無言でいる(スイ、双子、ハリーは、ディゴリー親子を睨んでいた)という微妙な空気の中、懐中時計を引っ張り出したウィーズリー氏が話題を変えた。

「そろそろ時間だ………エイモス、他に誰が来るか知っているかね?」

「ん? ああ、いいや」

 ディゴリー氏の顔がようやく普通の表情に戻った。

「ラブグッド家はもう一週間前から行っているし、フォーセット家は切符が手に入らなかった……この地域には他には誰もいないと思うが、どうかね?」

「私も思いつかない」

 ウィーズリー氏は賛同して、また時計に目をやった。

「さあ、あと一分だ……準備しないと……」

 スイはフードから出て、リンのパーカーの中へともぐり込んだ。「移動キー」での移動は未経験だが、なんとなく「煙突飛行」と同じくらいひどいものだろうと予想がついていた。

 相棒の行動に何を言うでもなく、リンは腹部に片手を回すようにしてスイの身体を支えてやった。リンの方は移動手段になんの不安もなかったが、スイが吹っ飛ばされていくのは避けたいと思っていた。

 そんなこんなやりながら、リンは他のみんなの輪に加わって、ディゴリー氏が掲げているカビだらけの古ブーツに指をちょんとくっつけた。

 吹きさらしの丘の上で、大人二名を含めて総勢十人が、ピッチリ輪になって、中心に掲げられた汚らしいブーツに触れている……何も知らないマグルが来たら、新手の変な宗教集団か何かだと思われるだろうな、とリンは考えた。

「三秒……」

 ウィーズリー氏が、片方の目で懐中時計を見たまま呟いた。スイがリンの腕の中でピクッとする。リンは、これからどうなるんだろうかと、ちょっとワクワクした。

「二 …… 一 ……」

 突然だった。急にへその裏側がグイッと前方に引っ張られるような感覚がした。両足が地面を離れる。両隣にいるジニーとハーマイオニーの肩が、リンの肩へとぶつかってくる。

 風の唸りと色の渦の中を、全員が前へ前へとスピードを上げていった。目をキラキラさせるリンの口から漏れた歓声が、どこかに吸い取られていく。そして ――― 。

「……っ、わ」

 唐突にブーツの運動が止まった。慣性の法則に従って前のめりになる身体の重心を、リンは無理やり後ろに移す。あ、だめだ。バランスの調整が上手くいかない。リンは咄嗟に身体を浮遊させた。

 周囲でドサドサッドスンッなどと音がする中、リンは優雅に地面に折り立つ。それと同時に、どこかからアナウンスの声がした。

「五時七ふーん。ストーツヘッド・ヒルからとうちゃーく」

4-10. 丘から荒地へ
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