「スイはどうしたんだい?」

「私の態度の何かが気に食わなかったみたいで」

 未だにリンを攻撃しているスイを、ちょっと丸くした目で見つめるチャーリーに、リンが肩を竦めた。ビルがクスクス笑い出す。

「可愛らしい攻撃だね」

 それを聞いて、スイは尻尾の動きをピタリと止めた。自分よりずいぶん高い位置にあるビルの顔を睨みつける。

 てっめえ、年下の分際で大人のボクに「可愛い」とか抜かしてんじゃねえぞコラ ――― と、精神年齢が二十六歳を迎えつつあるスイが心中で毒づいていることは、誰も知らない。

「あれ? やめちゃった」

「睨まれてるよ、ビル。怒らせたんじゃないか?」

「僕の言葉が分かったってことかい?」

「そうかもしれない……ちょっと興味湧くなぁ」

 嫌に目をキラキラさせているチャーリーが、スイへと手を伸ばしてくる。スイは慌ててリンの肩の上へと避難した。

「やっぱり理解してるよ! すごいなあ、普通の猿に見えるのに」

「猿と人間は、遺伝子学的に近いですからね」

 ものすごい速さで本を読み進めながらリンが言った。どうやったら本を読みつつ会話ができるのか、スイはいつも疑問に思っている。ビルとチャーリーもスイと同じくリンを見ていたが、疑問を感じているところが違った。

「遺伝子って何だい?」

「………」

 ウィーズリー家はやはり生粋の魔法族だと、スイが再認識した瞬間である。別にそんなことを気にしていないリンが遺伝子について説明しようとしたとき、暖炉の炎がエメラルド色に変わった。

「ご帰還だな……誰が最初に来ると思う?」

「フレッド」

 楽しそうなチャーリーの問いに、ビルとリンが異口同音に答えた。その瞬間、双子の片割れが現れた。満面の笑みを浮かべている ――― フレッドだ。続いてジョージが、ハリーのものと思しきトランクを抱えてやってきた。

「おい、フレッド! あいつ、ちゃんと拾ってたぜ!」

 トランクを適当に置いて、ジョージが興奮して言った。そのすぐあとに帰ってきたロンが、ハイタッチをする双子の影で危うくトランクにつまずきかけた。

 妙に盛り上がっている双子に、ロンが障害物について文句を言うが、軽く無視された。それを見て、リンは首を傾げる。

「ロンって、この家では基本スルーされる存在なの?」

「どんな存在だよ! 僕、そんな扱いイヤだよ」

「っていうか、リンが突っ込むところはそこなんだな」

 弟の発言を軽く流して、チャーリーが笑った。やっぱりスルーされてる……リンとスイは思った。微妙にへこんでいるロンの肩に、ビルが優しく手を置いたのが、リンの視界の隅に入った。

 暖炉の炎が大きくなった ――― ハリーの到着だ。暖炉から投げ出されて床に手をついた彼は、ハーマイオニーほどではないが、暖炉での移動には不慣れなようだった。

「奴は食ったか?」

 フレッドが、わざわざハリーを助け起こしながら興奮して聞いた。ハリーは頷いたが、何なのか分かっていないようだ。フレッドは嬉しそうに「トン・タン・トフィー」―――「ベロベロ飴」なるものについて話した。

 夏休み中カモを探していて、ダーズリー家の男の子を標的にしたと述べた彼に、リンはちょっと呆れた。マグル ――― しかも、よりによって魔法嫌いなハリーの親戚に悪戯をするとは。

 彼らの魔法嫌いに拍車がかかるな。リンが思ったとき、ウィーズリー氏がどこからともなく現れた。カンカンに怒った顔をしている。

 父親に叱りつけられても双子はどこ吹く風だ。男の子の舌がどれくらい大きくなったかと尋ね、一メートルを超えたと聞き、爆笑した。ハリーやロン、ビルとチャーリーも含めて笑いの嵐だ。

「笑い事じゃない!」

 ウィーズリー氏が爆発したかのように怒鳴ったので、スイはびっくりしてリンの肩から落っこちるところだった。

「こういうことが、マグルと魔法使いの関係を著しく損なうのだ! 父さんが半生かけて、マグルの不当な扱いに反対する運動をしてきたというのに ――― よりによって我が息子たちが!」

「俺たち、あいつがマグルだからアレをやったわけじゃない!」

「あいつが虐めっ子のワルだからやったんだ!」

「それとこれとは違う!」

 フレッドとジョージが憤慨したが、ウィーズリー氏は一蹴した。ふとリンはキッチンの入口の方に意識を向け、肩を竦める。スイは首を傾げて振り向き、そして合掌した。

「母さんに言ったらどうなるか ――― 」

「あら、私に何をおっしゃりたいの?」

 男性陣が一斉にギクリとするのはなかなか見物だと、スイは思った。リンは我関せずと読書を続けている。キッチンに入ってきたウィーズリー夫人は、ハリーを見つけると愛想よく笑いかけたが、それからすぐに夫を見た。

「アーサー、何事なの? 聞かせてちょうだいな」

「あ……いや……」

 ウィーズリー氏はしどろもどろになった。妻に話すつもりはなかったのだろう。オロオロと夫人を見つめるウィーズリー氏を中心に、沈黙が漂い始める。いつの間にかビルとチャーリーの姿が溶けるように消えていたので、スイは驚いた。

「モリー、たいしたことじゃない……フレッドとジョージが、ちょっと ――― だが、もう言って聞かせたから」

「あら、今度は何をしでかしたの? まさかウィーズリー・ウィザード・ウィーズじゃないでしょうね?」

 不穏な空気にソワソワとしているロンを視界の隅に映したリンは、溜め息をついて助け舟を出した。

「……ハリー、ロンと一緒に、寝室までトランクを運んだら?」

「そうだね、そうしよう!」

 分かりやすい奴だ。いそいそとハリーとトランクを持つロンを見て、スイは口元を引き攣らせた。ジョージが自分たちも行くと申し出たが、ウィーズリー夫人に凄まれ、逃走を諦めた。

 ハリーとロンがキッチンを抜け出たあとも、夫人はウィーズリー氏を問い詰めていく。しばらくそれを見たあと、スイはちょいと尻尾でリンの腕をつついた。さすがにここで巻き添えは食らいたくない。三度つつかれて、リンはスイを一瞥し、本を閉じて立ち上がった。

 双子が縋るようにリンへと視線を向けてきたが、リンは気づかない振りをして、スイを肩からぶら下げたまま勝手口から裏庭に出た。

「……あと五分もしたら、モリーの怒鳴り声が家中に響き渡るんだろな」

 物憂げな溜め息をつくスイに、リンはちょっと悩んだあと「三分かもね」と返した。

4-7. 「ベロベロ飴」騒動
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