金曜日の午後、リンとスイはウィーズリー家に到着した。

 移動手段は「漏れ鍋」への空間移動からの「煙突飛行」であったため、旅そのものはたいして苦労するものではなかった。超高速の旋回に、スイが目を回したくらいだ。

 リンがスイを心配して彼女の背をポンポン叩いていると、誰かが「やあ、リン!」と朗らかに言った。顔を上げれば、目の前に赤毛の双子がいた ――― フレッドとジョージだ。フレッドが左手を、ジョージが右手を、リンに差し出している。

「ジニーが泣くぜ」

 リンを暖炉から引っ張り出しながら、フレッドが言った。何が? と首を傾げるリンに、彼女のトランクを持ち上げたジョージがニヤッと笑う。

「親愛なるリンが登場する瞬間を見られなかったからさ」

「君ときたら、ジニーがここを留守にした瞬間に来るんだからな」

「それは……えっと、ごめん」

 思わぬ事情を聞いたリンがなんとも言えない気持ちになったところで、キッチンに誰かが入ってきた。気配を感じ取ったリンは、振り向いて微笑んだ。

「こんにちは、ジニー、ロン」

「リンッ!」

 最後の方の言葉は、悲鳴じみた声に掻き消された。リンが反射的にスイをフレッドに預けた直後、ジニーがリンに抱き(飛び)ついた。たった二、三秒でキッチンを横切ったジニーに、スイは思わず感嘆する。おかげで気持ち悪さが吹っ飛んだ。

「……こんなに熱烈な歓迎を受けたのは初めてで、イマイチどう返したらいいのか分からないんだけど、とりあえず抱きしめ返せばいいのかな」

「ついでに『会いたかったよ、ジニー』とか言ってやってくれれば、ジニーは狂喜して踊り出すぜ」

「黙ってちょうだいフレッド。あたしいま、リンの声以外は聞きたくないの」

 冷やかしたフレッドを睨みつけ、ジニーはピシャリと言った。それからリンに向き直り、まさに幸せだと言わんばかりの表情でリンにすり寄る。双子は顔を見合わせ、肩を竦めた。

「ジニーって、ホントにリンが大好きだよな」

「それはいいとして、おまえたちはいつになったら僕たちにリンを紹介してくれるんだい?」

 ほとほと呆れた様子のロンに、誰かが言った。聞いたことがない声に、リンは首を傾げる。フレッドの肩からテーブルの上へと移動したスイは、そこにいた人物に目を瞬かせた。

「まったくだよ。僕ら、いまかいまかと待ってるっていうのに」

 また別の声がした。リンはジニーを離し、壁となっている双子の脇から顔を覗かせた。知らない赤毛の男性が二人、のんびりと椅子に座ってリンたちを見ていた。

「あっ! ごめんなさい、ビル、チャーリー。忘れてたわ」

 ジニーが両手を頬に当てた。とんでもない失態をやらかしてしまったという顔だ。

「リンが来たら真っ先に二人に紹介しようって、決めてたのに!」

「おい、ロン、なんで俺たちに思い出させなかったんだ?」

 眉を吊り上げて、フレッドがロンを睨んだ。ジョージも同じ表情をする。

「我らが親愛なる兄上たちに、ドラマチックにリンを紹介するって画策してたのに、これじゃあ台無しじゃないか」

「さあ、ロン、どう責任を取るつもりだ?」

「計画をすっかり忘れてた方が悪いと思うけど」

 怒った素振りを見せるフレッドに、リンが冷静に言った。まったくだとスイも頷き、ヒョンと尻尾を振る。双子は聞こえなかった振りをした。それぞれ片方ずつ手をリンの肩に置き、リンを前に出す。

「ほら、ビル、チャーリー……この子がリンだよ」

「我らの親愛なる友さ」

「そして、あたしの憧れの人よ」

 ジョージ、フレッド、ジニーの順番で発言がなされた。ピッタリと揃った調子に、スイは、原作通り仲が良いな……と感心する。リンの方は、紹介文に何か言いたげな様子だったが、挨拶を優先することにしたのか、ウィーズリー家の長男次男に頭を下げた。

「はじめまして、リン・ヨシノです。ロンやジニーとは仲良くさせてもらってます」

「あれ? どうして僕らの名前は挙げられないんだろ?」

「日頃の行いを顧みてみれば?」

「悪いんだけど僕ら、過去のことは振り返らない主義なんだよ」

「じゃあ今後の君たちが、実行した悪戯についての反省会を開くことや、悪戯グッズの発明・改良のために過去を思い返すことは、絶対にないってことでいいのかな」

「なんてこった、ジョージ、我らが揚げ足を取られる日が来ようとは」

「夢にも思わなかったな、うん。リンは手厳しい」

「穴の開いてる反論をするから突かれるんだよ」

 なんつー会話をするんだ。スイが内心でツッコミを入れながら、ビシッと尻尾を振り下ろした。ロンとジニーが目をパチクリ瞬いているのが見える。反対に、ビルとチャーリーは肩を震わせて笑っていた。

「双子が君を気に入る理由が分かった気がするよ」

「……?」

 なぜそんなことを言われるのか分からないまま、リンは、ニッコリと微笑んだビルが差し出してきた手と握手した。大きくて骨ばっている手で、指はスラリと長かった。

「ママに重宝されそうな子だね」

 意味深な発言を残してビルが身を引くと、今度はチャーリーが握手を求めてきた。リンより二回りも大きな手で、タコや水ぶくれがたくさんあった。彼の片腕にテカテカした大きな火傷の痕があるのを見て、リンは、彼が何の職業をしているのか、あとでロンに聞こうと思った。

「……そういえば、ウィーズリー夫人は? 挨拶したいんだけど」

 肩に飛び乗ってきたスイを撫でながらリンが言ったとき、またもやキッチンに誰かが(この状況では一人しかいないのだが)入ってきた。

「おまえたち、リンはまだ来てな ――― まあ、リンッ!」

 つかつか歩いてきたウィーズリー夫人は、リンの姿を見て、持っていた洗濯カゴから手を離した。床に落ちるかと思われたカゴは、ビルの浮遊呪文によってテーブルの上へと降ろされる。

 それと同時に、スイが再びリンの肩からテーブルの上へと飛び降り、次の瞬間、リンはウィーズリー夫人にしっかりと抱きしめられていた。

「ああ、よかった。あなたが来たら知らせるよう子供たちに言っておいたのに、誰も呼びに来ないものだから、なにかあったのかと心配してたのよ」

「すっかり忘れて洗濯物を取り込んでたくせに」

「黙っておいた方がいいよ、フレッド」

 ウィーズリー夫人に聞こえない音量で呟いたフレッドに、ビルがやんわりと言った。さすが長男、双子の区別がつくか。スイは感嘆したが、リンはそれどころではない。ウィーズリー夫人による歓迎のハグとキスにまごついていた。

 日本人(リンはハーフだが)に、西洋人のスキンシップはつらい。たとえ一か月半ほど保護者気分の西洋人二人と過ごしたからといって、そう簡単に慣れるものではない。やはり顔は赤くなってしまう。

「あ、えっと、その……こ、これからしばらく、お世話になります……」

「ええ、しっかりとお世話させていただくわ……この子たちに囲まれて、ちょっと疲れたでしょう? お茶にしましょうか?」

「い、いえ。あの、お構いなく」

「遠慮しないで。さあ、座ってちょうだい」

 ずいずいと押してくるモリーに、いつもはクールなリンがたじろぐ。その様を見て、双子やジニー、ロンがクスクス笑っている。

 リンを眺めるスイの尻尾が、ゆらゆら揺れた。

4-5. 隠れ穴
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