| 「リドルの館」の庭番、年老いたフランク・ブライスは、ある夜ふと目を覚ました。
ひどく脚が痛む……膝の痛みを和らげようと、フランクは湯たんぽの湯を入れ替えることにした。起き上がって、一階の台所まで足を引きずりながら下りていく。
流し台の前でヤカンに水を入れながら、ふと「リドルの館」を見上げたフランクは、瞬きをした。屋敷の二階の窓にチラチラと灯りが見えたのだ。
近所のガキ共が、また屋敷内に入り込んでいるに違いない……そう思ったフランクは、ヤカンを放置して、痛む脚の許す限りに急いで二階に駆け上がり、服を着替えて、また台所に戻ってきた。
そしてドアの脇に掛けてある錆びた古い鍵を取り外し、壁に立てかけてあった杖を掴んで、夜の闇へと出ていった。
足を引きずりながら、屋敷の裏に回り、勝手口のドアを開け、台所に入り込む。むっとするほどのカビ臭さに顔をしかめつつ、耳をそばだてつつ、手探りで、広間に向かうドアの方に向かう。真っ暗で何も見えなかったが、身体が覚えているので問題はなかった。
広間に出て、階段を上がる。踊り場で右に曲がったところで、フランクは侵入者の居場所を掴んだ。廊下の一番奥のドアが半開きになっていて、隙間から灯りがチラチラ漏れていたからだ。
フランクは杖をしっかり握り締め、じりじりと近づいていった。ドアから数十センチのところで、部屋の中を細長く切り取られたように窺い見ることができた。そこで初めて知ったのだが、火は暖炉の中で燃えていた。わざわざ暖炉を使うことを、フランクは意外に思った。
フランクは立ち止まって、じっと耳を澄ました。男の声が部屋の中から聞こえてきたのだ。穏やかな声だった。
「我が主、まだ空腹だとおっしゃられるのでしたら、まだ少しは瓶に残っておりますが」
「あとにする」
別の声が言った。これも男の声だったが、不自然に甲高い、しかも氷のような風が吹き抜けたかのように冷たい声だった。なぜか、その声はフランクをぞっとさせた。
「……メイガ、俺様をもっと火に近づけるのだ」
「御意に、我が主よ」
フランクは右の耳をドアの方に向けた。ましな方の耳だ。しかし、瓶をテーブルか何かに置く硬い音のほかは、何も聞こえなかった。椅子を引きずるような音すらしない。
顔を元通り前に戻して見てみると、椅子はいつの間にか、先ほどより暖炉に近い位置に移動していた。フランクは目を擦った。まったく音を立てずに、あの重い椅子を動かすことが、果たして可能なのだろうか ――― ?
「ナギニはどこだ?」
「家の中を探索に出かけたのではないかと。最近の趣味のようでして」
「寝る前にナギニのエキスを絞るのだぞ、メイガ。ほかの材料も在庫を確認しておくのだ。おまえの調合した薬を夜中に飲む必要がある……この旅でずいぶんと疲れた……」
「心得ております、我が主」
一瞬の沈黙。その後、メイガと呼ばれた男がまた口を開いた。フランクは眉根を寄せながら、聞こえる方の耳をもっとドアに近づけた。
「僭越ながら、我が主。ここにはどのくらい滞在なさるおつもりでしょう? 少しでも長いのでしたら、掃除をいたしますが?」
「一週間だ……もっと長くなるかもしれぬ。ここはまあまあ居心地がよいし、まだ計画を実行することはできぬ。クィディッチのワールドカップが終わる前に動くのは愚かであると、おまえにも分かるだろう?」
「もちろんです。貴方様のおっしゃる通り。……では、明日、いえ、今晩からでも掃除に取りかかりましょう。このように淀んだ空気では、回復に支障をきたす恐れもございますし」
冷たい声の主は身体が悪いのだろうか? フランクは首を傾げた。確かに、身の回りの世話をメイガという従者にさせているような感じだった。
「……我が主よ。ハリー・ポッターをあの厳重なる保護網から引きずり出す手筈は ――― 私には明かしてくださりませんが、当然、整えていらっしゃるのですね?」
不意にメイガが言った。フランクはほんの少し、彼が拗ねているように感じた。冷たい声の主はかすかに笑った。
「もちろんだ。心配するな、メイガよ。俺様の計画は上手くいくはずだ……あと一人邪魔者を消せば、ハリー・ポッターへの道は一直線だ。メイガ、おまえに一人でやれとは言わぬ。そのときまでには、おまえのほかにもう一人、忠実なる下僕が我々に加わるであろう……」
「お言葉ですが、我が主」
メイガが、少し強めに震える声を出した。怯えている風ではなく、むしろ熱をこめて勇敢に物申す雰囲気だ。
「私一人でも、貴方様の完全なる手足となり、貴方様のご計画を完璧に実行することができます。お忘れではないでしょう、我が主? 私が、長年を費やして貴方様が力を取り戻す術を見つけ出し、それを携えて貴方様をお迎えに馳せ参じました。そして私が、あのバーサ・ジョーキンズを連れて参ったのです」
「おう、忘れてなどおらぬぞ、メイガよ。おまえには感謝している」
メイガの主人は、それまでよりずっと上機嫌な声を出した。
「おまえのおかげで、俺様はここまで力を取り戻すことができた。おまえが調合する薬は、俺様自身が考えたものよりもはるかに優れた効果を、俺様にもたらしてくれる……。そして、おまえが連れてきたあの女の情報には、とてつもない価値があった。あれなくして、我々の計画を練ることはできなかったであろう……」
「我が主。私めは、貴方様のもっとも忠実なる下僕 ――― 」
「おまえには、メイガ、褒美を授けよう。俺様のために、一つ重要な仕事を果たすことを許そう。我につき従う者の多くが、諸手を挙げ、馳せ参ずるような仕事を……」
「我が主、親愛なる君。もったいないお言葉、身に余る光栄、ありがたき幸せにございます」
メイガの声にはうっとりと心酔しているような響きがあった。そこに主人が畳みかけるように言葉をかける。
「だから、メイガよ、あまり不満を抱くな。もちろん俺様はおまえを信用している。おまえが一人でも計画を実行できることは疑っておらぬ。だが、おまえも理解しているように、これは非常に重要な計画なのだ。失敗は許されぬ」
「我が主、存じております ――― 」
「駒は当然、多い方が有利だ。だから、おまえ以外の者の手も借りる……メイガ、おまえには、俺様が与える仕事を完璧に片づけてもらいたいものだ」
「お任せを、我が主」
「おまえは俺様の傍に……もう一人はホグワーツに……メイガよ、ハリー・ポッターは、もはや我が手のうちにある。そして、運がよければ、例の娘も ――― しっ、静かに……あの音はナギニらしい……」
主人の声が変わった。フランクがいままで聞いたことのないような不思議な音を立て始めた。息を吸い込むことなしに、シュー、シュー、シャーッ、シャーッと、息を吐いている。
訝〔いぶか〕しむフランクの背後、暗い通路で、何かがうごめく音がした。
→ (2)
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