(助けてくれた)

(助けてくれた)

(でも)

(この人も、私を食べようとしてる?)



「…わたしは、おいしく、ない…っ」

「アリスはおいしいよ。」

「おいしくない…っ!だから、たべ、たべ、」

「俺はアリスを食べないよ。」

「本当…?」


目元が見えないから、本当か嘘かの判断がつきにくい。
微笑む口元に、真偽を委ねるしかなさそうだ。


「本当に食べない?なら」

「おいしそうだけどね。」

「!!」


油断できない。

私はため息をついて、猫…ツナさんをみあげた。
またもや笑う顔に、どことなく安心してしまう。


「さぁアリス。シロウサギを追いかけよう。」

「…や、やだ。」

「なんで?」

「やなものは、や。」


私は微笑んだままのツナさんに、心ばかりの反抗を試みた。
だって、きっと追いかけるっていうのは、もっといっぱい歩いて、いろんな人に会うってことだ。
それに、ツナさんだって油断ならない。


「ねぇアリス。」

「…?」


私がそろりと見上げると、ツナさんは笑った。


「みんなアリスが好きだから、きっとどこにいても色んな奴がアリスを狙ってくるよ。」

「…だったらなおさら嫌!」

「アリス。ひとりでいたらね、それこそ…食われるよ。」

「!いっいい一緒にいる!一緒に行く!」

「いい子。さ、行こうアリス。」


とんでもないことを言ってから、ツナさんはまたにこりと笑って、私のエプロンを指先でつついて直してくれた。
ひょいとすくい上げられて、私はツナさんの手のひらにのっかる。


「わたし、アリスじゃないのに…。」

「みんながアリスって呼んだだろ?だから、アリスなの。」

「違うのに…。」


頬を膨らませると、ツナさんはゆったりと私の髪をつまんで遊び始めた。


「かわいいね、アリス。」

「かっ、…もう、いい!!…どうやって探すの?ウサギ、逃げちゃったんでしょう?」


からかうような口調にちょっとむかっとして、思わず話をそらした。
見上げると、ツナさんの口元と…髪?
近くで見ると、ススキ色の髪の毛がフードからちらつくのがわかった。


「ウサギはね、通ったあとに記憶のカケラが残るんだ。」

「…記憶のカケラ?」

「そう。カケラ。それを辿るしかないかな。」


言いながら、ツナさんはフードを深く被りなおす。ススキ色の髪は見えなくなって、ちょっと残念だった。きれいだったのに。

「ウサギっていうなら、ニンジンとかあればいいのにね。」

「シロウサギはニンジンなんて食べないからなぁ。」

「…何が好きなの?」

「アリス。」


即答した声に、さぁっと血の気がひいた。
それは、たべるほう?
そんなのは嫌だ。悪食!ウサギはいつから肉食になったんだった?
仮にそういった方面で好きなのだとして、ツナさんはどうして私にウサギを探させようとするの?

(まさか、…おとり?)


「わっ、わたし、指一本だってあげないからね…!」

「アリスの嫌なことはしない。」

「…本当?」

「ただほんとに、ひとりでいたら爪一枚残らないかもしれないから、気をつけてね。」


にこりと穏やかに笑う口元に、頬が引きつった。
(うぅ、やっぱりこわい…。)


「…探さないとね、ウサギ。ちょっと2人に聞いてみましょう。」


いくら恐くても、ツナさんは私を助けてくれた。
だったら恩を返さないと、バチがあたる。
ウサギを探すことを望んでいるなら、私だって探すのくらい手伝いたい。

抵抗はあったけれど、私はツナさんに頼んで2人のところへ降ろしてもらった。

あのぅ、と声をかけた瞬間に、嬉しそうに駆け寄るハリー。ちょっと悪びれてほしいものだ。
相変わらず鼻をひくひくさせる姿が見えて、ちょっと警戒するように距離をとった。


「…ねぇ、あなたたち、ウサギを知らない?」

「ウサギ、ですかぁ?知らないですけど、…親方は?」


きょとんとした顔のハリーが親方さんの顔をのぞき込むと、それまで不機嫌そうにしていた面持ちを固まらせて、しゅっと目をそらした。

抜いたマチ針を傍らに、絆創膏を手にしたハリーが不思議そうな顔をする。
(なるほど、あぁやって絆創膏が増えるのね。)


「…親方さん、何か知ってる?」

「…あ、…やぁ俺はさっぱり、」

「今目をそらしたわよね?何かあるの?」

「あっ、ちが、」


そらした先に、ちらちらと見やる白い布に気が付いて、早足に駆け寄った。
親方さんはとめようとしたけれど、ハリーが絆創膏をはろうとした手に思いっきりぶつかってしまったようだ。

たどり着いた白い布は、どうやらハンカチのようだった。
切りっぱなしでなく、ちゃんときれいに縫い返してある。
端のほうに、金色の刺繍が施されていた。


「れすた、…れすとらん、い、な、…ば?…これ、駅前のホテルのレストランよね?」

「…っそれは、」
「あぁ―たしかそれシロウサギさんが落としてっ」

「ばかやろう!!」


ハリーの言葉は途中から小さな悲鳴に変わった。
親方さんのげんこつにそうとう参っているらしく、ちょっとうずくまる。


「…いま、シロウサギって、」

「言ってねぇ!言ってねぇぞ!!」

「言ったわ!ねぇハリー、シロウサギが落としたってどういうこと?それ、レストランのナプキンよね?」

「へっ?あぁはい!」

「ウサギがなんでナプキンなんか落とすのかしら。使わないじゃない、普通。」

「使いますよぅ!シロウサギさんは身だしなみに気を使うお方でしたからねぇ…。服だって、親方のオーダーメイドですよっ!!」


誇らしげに言ったハリーには悪いけど、頭が混乱してきた。

(服?)

ウサギは服なんか着ないじゃない。
しかもオーダーメイドって、なによ。

(…ウサギって、…もしかして、小動物のウサギじゃなくって、)


「…ねぇツナさん。シロウサギってもしかして、ワイシャツにベストにズボン、とか、着てたりする?」

「する。」

「っ私!見たわ、シロウサギさん!すぐ消えちゃったけど、」

「カケラだからね。」

「カケ、ラ…」


ワイシャツにべっとりと赤いものをつけて、たしかに彼は4階のあの教室に、いた。
もしあれが記憶のカケラなんだとしたら、だから透けていたのかもしれない、なんてことも考えられてしまう。


「…それ、シロウサギが落としてったのね?」

「…わたさねぇぜ。」

「とっとろうなんておもってないわ!」


きらりと目を光らせる親方さんにちょっと戸惑ってから、私はツナさんをみあげた。


「手がかりっていったら、手がかりだし、…行ってみる?」


問いかけに、ツナさんは何も言わずに笑った。
ひょいと私をつまみあげて、手の上にのせる。

(…行くってことね。)



私たちは、猛烈に別れを惜しむハリーと親方さんに手をふって、被服室をでた。
結構な時間が経っただろうに、やっぱり外はいまだにとろけるような色をした夕日に染まっている。
廊下に赤々と落ちる光を見て、ちょっとため息をついた。

おもむろに、ツナさんは手近の窓に手をかける。
今日1日の不思議な出来事から発生する、絶対に開かないんじゃないかという錯覚を見事に打ち破って、すんなりと窓は開いた。


そうして、私はツナさんに連れられ、終わらないとすら思った放課後の終焉を迎えた。
(でもってたぶん、これからまたいろんな不思議に出会ってしまう。)


ツナさんを見上げると、にこりと笑って、その肩に私をのせた。


ススキ色が、間近で夕日に光るのをみて、ちょっと安心してしまった私は、きっと今ツナさんに頼りきっている。




to be continued!






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