窓の外では鳥がさえずり、窓からはきらめく太陽の微笑み。今日は快晴。

昼時までの足しにしてくれなんて言われて、遅い朝食代わりのちょっとしたクッキーをつまむ。
穏やかに涼しい部屋の中でほんの少しまどろみ、小さくあくびをした。
平和だ。
イタリアに来てから数日が経ちようやく挨拶やらが一段落、つかの間の休息ってのはまさにこういうのを言うんだとしみじみ思う。

部屋にかけられた時計を確認すると、時刻は12時ちょっと。
1時にはキャバッローネ、つまりはディーノさんのとことの会合がある。
そろそろ移動かな、なんて思ってまたクッキーを口に放り込んだ。

ここにくるまで口うるさい他のファミリーのところに出ずっぱりだったわけであって、キャバッローネにはずいぶんと待ってもらっていた。
申し訳なかったけれど、それにはずいぶんと助けられたものだ。
ここにきてようやくの彼らとの、親しい間柄でのゆったりとした時間。
妙に気を張らなくていいから助かるものの、連日の疲れがいまだに抜けない。

昨晩なんかは同盟ファミリー間で開かれた小さなパーティーがあり、淑女たちの甘い誘いを断りきれなくて足がしびれるくらいまでダンスを共にしたわけであって。しかしなんだこれ次の日まで残るって。勘弁してくれ。

9代目に挨拶をしてからというもの、いろんな会合に引っ張りだこだ。
まだ父さんがいるから夜深くまでの付き合いは断らせてもらえているが、俺、10代目になったらどうなっちゃうんだろうね。
そしてやっかいなのは、俺のことを気に入ってないというか、まぁ目障りに思ってる奴らの嫌味。
軽くかわすにしても同盟ファミリー、めったなことは言えないし嫌味を返すなんてもってのほか。
大人げないったら。俺こんなでもまだまだ子供のはずなんだけど。
だからもっと経ってからの方がイイって言ってたってのに。まったくだ。

小さくため息をついてソファに沈んだ体をさらに沈める。
今頃日本は夜の8時。
隼人から合宿が始まった旨の電話はもらっていたから、もうみんな合宿所で自由時間とか、そんな感じかな。

(…合宿か、)

スケジュールはかなり順調にこなされている。このぶんだともしかしたら合宿には間に合うかもしれない。
だけど、たぶん日本に帰っても色々やることがあるだろう。

(やっぱり無理かな。)

紅茶を口に含んで、数回瞬きをした。
カップを元に戻す音がやけに大きく響く。


「…はぁ。」


イタリアに来てから何度同じような回想を繰り返したかわからない。
なんだ俺、そんなに合宿行きたかったんだっけ?
そんなわけはない。
リボーンのあの言葉が聞こえた気がして、頭を横に振る。
わかってる。俺は普通の学生じゃない。わかってるんだ。
頭では確実に理解しているし、実際こうして異国の地を踏んで、普通じゃありえない社交辞令を並べて笑顔を貼り付けて過ごしてるんだ。
いまさら普通の学生に戻りたいなんていう願望はわいてなんかこない。
ただ、

(ちょっと、声が聞きたいだけなんだよ。)

わかってる。合宿なんてすぐに終わるし、その前に俺が帰ってきてしまっていたとしてもだ。
彼女は皆と一緒にすぐあの場所に帰ってくる。
それまでの辛抱だと、そう言い聞かせる。ただしそれも、これが初めてではないのだ。

ここまで誰かの声を聞きたいと、姿を見たいと思ったのはなかなか有りえなかった。
自分の立場を理解したうえで合宿に行きたいだなんて思ってしまうのは、きっと彼女のせいなんだ。そうに違いない。

(それもかなり情けない確信なんだけど、さ。)

ディーノさんのとこに行くまで、あと30分は自由の身だと考えていいだろう。
そして今、日本は夜の8時。よい子はまだまだ眠ってなんかいない。
逡巡するのも束の間、おもむろにテーブルから取り上げた白色のソレ。
なめらかな四角いボディを押し上げると、なんの迷いもなく無機質にスライドする。
ローマ字の並ぶメモリー、一瞬ためらって通話ボタンを押した。
数秒のコール、音が2回ほど繰り返されたあたりでプッと小気味よい音がし、通話が開始される。


「…隼人?」

「じゅうだ、…沢田さん!どうしたんですか、そんな昼間から!」


迷った末にかける相手がいつもと変わらないとなると、俺ってそうとう意気地なしかもしんないな、なんて考えながら、よくできた右腕の返答にちょっと笑った。そっちは日も暮れて太陽なんかみじんも顔を見せてないくせに、ほんとに頭の回転が早いやつだ。


「沢田さん?」

「いや、今ちょっと、周りに数人いまして。」

「周りって?山本とか青学の人とか?」

「いやちょっと、ってあ、おま、おい!!」


がさがさと雑音が続いてしばらく無言の状態。
静かな部屋の中で、耳元に神経を集中させると細やかな羽音のようにも聞こえた。
その奥で、なんとなくボールの跳ねる音がした気がする。


「よう、ツナ!」

「わっ、…ブン太?」

「おう!なにお前、寂しくて電話したくなっちゃったってか?」

「ちげーよバカ。」


突然聞こえた幼馴染の声に思わず砕けた悪態をついてしまう。
なんだ、うまくやってんだ。
隼人が一緒にいさせるってことは相当なもんだと思う。あんまり人に気を許さない奴だからなぁ。


「なにしてんの2人で。いま外?」

「おう、3人だけどな。」


悪い声だ。
電話を手渡したのであろう雑音と、遠くに聞こえるほら!という掛け声。
3人ってことは大方山本か誰かが一緒にいて、夜のわくわくするイケナイ空気を満喫してるってところだろう。
合宿ってのはたいてい開放的になるもんだ。それが男なら、なおさら。
しばらくの静寂の後、また小さな羽音が聞こえた気がする。
なんとなく身構えて電話をちょっとだけ耳から離す。
奴らのことだ、ちょっと大きな声とか出して驚かそうっていう魂胆はみえみえだっての。
少しぬるくなった紅茶を口に含んでゆったりと飲み下して。



「…さわだ、くん?」

「ごほっ!」


むせ返った。
少し離しておいた電話の向こう、ちいさく、ちいさく脳天に響き渡る鈴の音。
りんと、涼やかに、それでも甘く鼓膜を震わせる。
思わずケータイをさらに遠くへ離し、とどまることのないせきを沈めようと口元をおおった。

(なんだ、いまの、)

はぁ、と大きく息をついて、ちょっとだけ咳払いをする。
聞き覚えがあるどころか、そんな。
そろそろと耳元にケータイを近づけて、無意味にはねる心臓をカッターシャツごしに強く押さえて。


「…もしもし。」

「も、もしもし、沢田くん?大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫。ごめん。」

「いえ、…元気そうで、よかったです。」


どくん、と、心が大きくはねたのがわかった。
呼吸がうまくできない。
らしくないな、みっともない。電話くらいでこんなになるなんて、俺、いつの間にこんなに入れ込んでたんだろ。
またちょっとケータイを離して、深く呼吸を落ち着かせる。


「…外村さんも、元気そうでよかった。どう?そっちは。」

「みなさんとってもよくしてくれて。獄寺くんも山本くんも、ビ…ブン太も。」

「ビ?」

「なんでもないです。えと、沢田くんはどうですか?」

「あぁ、うん。…順調だよ。」

「そう、ですか。」


ほっとしたような声に思わず笑みがこぼれる。
久しぶりに聞く声はなんだか心地良くて、うすく目を閉じた。まさかこんなカタチで彼女の声を聞くことが叶うなんて。
ただ、イタリアにいるのはモデルの仕事のためだと言ってあるので、昨晩のダンスなんかを思い出すと少し心が痛い。


「…今、なにしてたの?」

「打ち合いをしてたんです。久しぶりに会ったから、ブン太と一回打っておきたくて。」

「なるほどねぇ。俺も帰ったら打ってみたいな。」

「待ってます。」


ふふっと笑う声に目を開けて、ずいぶんと感情が素直に出てくるようになったな、なんて。
始めのころなんて、それはもうすさまじく無愛想だったもんだ。
それだってほんの数ヶ月前だったか、ほんとに俺たちって出会って間もないんだよなぁ。
でもよく言うように、こういった感情に時間なんて関係ないんだ。それだけは確か。

電話の向こうの相手にそっと微笑むと、同時に離れたドアからノックが聞こえた。
小さく「お時間ですよ!」なんて聞こえた気がして、思わず舌打ちをしそうになる。


「ごめん外村さん、そろそろ時間だ。」

「あ、じゃあ獄寺くんに…」

「いいよ、そのままで。…がんばって。無茶はしちゃダメだよ。」

「…ありがとう、ございます。」


それじゃあまた、なんて言ってから終話ボタンを押そうとして、ためらった。
切ってしまうのが惜しい。できることなら、もっと声を聞いていたい。
少しだけ眉を寄せると、瞬間、電話のむこうからちいさく笑い声が聞こえた。


「…また、必ず電話…します。がんばってください、」


(綱吉くん。)



そう言って、静かに無機質な機械音が繰り返された。
あっけなく切れてしまったとか、そんなことよりもっと大切なことが頭に響き渡る。
大きく開いた目をゆるゆると細めて、笑った。
反則だよなぁ。
自分からかけるだとか、そんなとこで名前呼ぶとか、さ。


「あー、やられた。」


つかまれた。打ちぬかれた。
大きく鼓動を繰り返す心も、なんとなくアツい体も、じわりとこみ上げるなにかも。思わずちいさく叫びたくなるような感情だ。
やわらかいソファの上で頭を抱えて一呼吸。

かわいい。愛らしい。
いとしさで胸がいっぱいになる。


「…っし、がんばるか。」


腕を伸ばして、頭をあげて、勢いよくソファから立ち上がる。
外村葵っていう人間はたぶん、こういう風にまいっちゃってた俺みたいなヤツを元気付けるような、そんな空気をもってるんだ。
言うなれば特効薬、いとしさっていう名前のそれは体の内側からじわじわ効いてきて、彼女への気持ちと一緒にやる気まで倍増してくれるっていう、なんともすぐれたシロモノだ。

ただし、用法・用量を守らないとしばらく顔が赤くなって立ち直れないっていう副作用があるからかなりの注意が必要、ほら、今の俺みたいにね。


「綱吉さまー!」

「はーいはいはい!今行くよ!」






*11.どちらかといえば野獣




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