いったん部屋に戻って、歯を磨いてからラケットを持って部屋を出る。
仁王にはにやりと笑われなんとなく悔しくなったけれど、ほかの部屋の奴らに「どこいくんスか」とか言われたときはさすがにちょっとびびった。
「あぁ、ちょっと、外の空気吸いたくてさ。」とか、「ラケット持ってんのは仁王が信用ならねぇからだ」とか、めちゃくちゃテキトーなこと言って逃げてきた。
なんとなく、いろんなことに対しての妙な達成感を胸に、かるく口笛を吹きながらエントランスをでて、テニスコートに向かう。

すべての食器は食器洗い機に納まり、備品の管理が終わり、コートの軽い整備が終わり。
あいつらもこの場所に集合しているはずだった。

結構な広さのあるテニスコート、脇に備えられた屋根つきのベンチ、そして倉庫。
ネットもはってあって、ラインもくっきりと夜の暗闇に存在を残す。カンペキな整備。
ぐるりと見渡しても人影は見当たらず、ちょっと息を吐いてから、うすぐらく蒸し暑い空を仰いで、大きく息を吸った。
目を開いた先には、暗く、白い空と、きれいな月と、たくさんの星。
こういったきれいなものを見ると、いつも決まって、なんとなく綱吉を思い出す。

(…ツナは俺に、なにさせてーんだろうなぁ。)


あいつが今イタリアにいることは知っていた。
正直に言うと、たぶん俺はあいつの仲間の中で一番、綱吉のことを知っている。
あいつの生い立ちも、家のことも、ちょっと異様な苦労も。
(そうじゃなかったら俺、マフィアのことでつながってる獄寺とは、たぶん知り合いになれてねぇ。たぶん、山本もだ。)

俺はマフィアじゃねぇし、マフィアについてはぜんぜんしらねぇ。
でもって母さん同士がトモダチってのは本当だし、そのおかげで俺らは出会ったわけだけど、たぶん母さんは綱吉んトコがマフィアに近しいってことは、しらねぇ。

俺だって、綱吉が「誰かにつけられてる」とか「花瓶ふってきた」とか言い出さなきゃ、異変には気づかなかったろう。
でもって、電話での会話はやたらとアホらしくなっていったり、妙にヘタレだったりし始めて、そろそろなんかおかしいなーとか子供心に思ったころ。
久々に直接会って問いただしたとき、そこで初めて、綱吉が「マフィアの次期ボス候補だ」ってことを知った。

ちょっとずつ自分を演じて生きることを覚えた綱吉は、日に日に自分らしさを失っていった。綱吉っていう人間が、衰弱してった。
(自分を犠牲にして自分を守り、そして周辺の他人を守ることが、生きている理由だったんだと思う。)

前の中学校では結構うまく生きていたのに、それでもバレてきてしまって、周りの奴らが狙われ始めて。
あの時、電話をした綱吉の声色は、まったくの無色だった。
白でも、黒でもない。
ただ単に、波も打たない、かがやきもしない、静けさを保った透明。
きっとあれが、綱吉も気づかない奴の限界だったんだろうと思う。


そんなとき、出会ったのが、葵だった。

偶然なのか、もしかしたら運命なのか、仕組まれてしまっている必然なのか。
別々に出会って、住む場所も、立場も、学校も、年齢も、…身分も。
まったく違う環境で育っているのに、それでも何を仲介にすることもなく、3人が3人、すべてに通じ合っている。

(綱吉に関しちゃあ、もし俺がトモダチじゃなかったら、もしあのままあの時期に、なんとなく離れてく綱吉を俺が必死でつなぎ止めなかったら、)

俺は今、きっと綱吉のトモダチではなかっただろうし、葵と再会したって、三者間にはなんの繋がりもなかったんだろうと思う。



(そもそもなんで綱吉は青学を選んだ?)

あの桃源郷が近くにあったから?
でもそういった場所なら、ほかにもあったはずだ。

たしか、綱吉の話しでは、青学がいいんじゃないかと言ったのは奈々さんだったように思う。
それだってちょっとおかしいんだ。
奈々さんだったらきっと、俺の母さんとの繋がりで立海にしようって、そういう案も出てくると思うのに。
そうだ、立海にでも来ればよかった。神奈川だっていなかじゃないし。

(ほんとう、なんで青学なんだ。)


そこまで考えてしまうと、あとは葵に原因があるように考えてしまう。
(関係ないだろ、)
(でも、)
(葵はいろいろ、重なりすぎてるから、)

奈々さんと葵は知り合いだった?葵の両親とつながりがあった?
俺は葵の両親については事故のことしか、しかも少しだけしか聞いたことがないから、詳しくは知らないけれど、もしかしたら。


「…わっかんね。」


だはぁっと声を出しながら息を吐いて、頭を振った。

(わかんねぇけど、もしかしたら間違いじゃねぇかもしんない。ちょっとかすってっかもしんねぇもん。)

うん、と、頭を縦に動かしてかしかしと後頭部をかくと、その瞬間に後ろから名前を呼ぶような、遠慮がちな声が聞こえた。


「きたな!」


とっさに笑顔がこぼれるあたりがきっと重症。
振り返りざまに空に目をやると、すこし暗いような、明るいような空に、さっきの三日月が浮かんでいた。

(日が、長ぇなぁ。)


細い三日月は、なんとなくくっきりと眼に焼きついて、猫の笑ったような、そんなカタチで俺を見下ろしていた。
さっきまでの思考を思い出して、にやりと、笑った。



(まだ笑われんのには、早いってことだろぃ。)




*10.いとしさの服用量


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