材料をおいて、鍋を洗って水を張った。お湯が沸くまで、材料を洗ってから下準備の作業に徹する。4人でやると早い。
ふと横をみると、赤い髪がみえる。
たまねぎに涙をにじませる姿に、笑った。
ほんの少し、昔を思い出す。こうやって今、隣立って楽しくカレー作りをしている私たちでも、ほんの昔はたしかに、ライバルだった。




お互いの得意とするプレースタイルが似ていて、他のクラブ生よりもはるかにライバル意識を高く持っていた。
当時私は、丸井ブン太と、今現在氷帝学園で眠り羊となっているらしい、芥川ジロ―との3人でよくプレーをしていた。
私たちが知り合ったのは、通っていたテニスクラブの合同合宿に参加したときだ。
国光と貞治に対抗したくて、10歳の時に入った近所のテニスクラブ。
正直、物足りなさを感じていなかったといえば、うそになる。
だから私は、もっと強い人たちとプレーしてみたかった。
そんなときにコーチに言い渡されたのが、同系列のテニスクラブだけで行う、優秀な選手たちの合同合宿。それへの参加権だった。
(関東の有能プレーヤーと、強化合宿をする。)

挑む気持ちで参加した合宿。
そこで、出会った。
当時まだ11歳だった私は、それはもう舞い上がった。
身近なところで、同世代の「スゴイ選手」をしっているとするならば、国光と貞治くらいだったものだから、2人のプレーをみて感激した覚えがある。


実質、私たち3人が一緒にプレーしたのは3週間に満たない。
それでも、通じ合えるものがあったのだ。(嬉しかった。)
この人たちとずっと一緒にプレーしたい。
それで、いつかは国光や貞治に打ち勝ってやりたい。
そう、思ったのは、事実だった。

結局合宿が終わった後、当時小学生だった私たちはケータイなんていうものを持っていなくて、あえなく連絡が途絶えた。
あの時は、私の2年間のテニス暦の中で、もっとも有意義で、とっても素敵な時間だった。



(でも、私は、テニスをやっていた時間がもっと長いことを、知っている。)
(なぜなら、そのテニスクラブに入る前年の年号が刻まれた、大会トロフィーが、家にあったからだ。)
(しかし私は、その大会以前のテニス経験も、その大会のことすら、思い出せない。)
(私の記憶は、どこかしら、穴があいている。)
(そして真相は、誰も知らない。)
(父も、母も、交通事故で死んだという、話しだから。)




このことを思い出そうとすると、どうにも頭がいたい。
記憶喪失だとまわりの大人は言うけれど、私は別に、この記憶がなくてもかまわないとすら思っている。
とりわけ、記憶が無くて、困った事は、ないから。

(それに、思い出したらきっと、一緒に事故に遭ったのに先に死んでしまったという、両親の顔も思い出してしまう。私だけが生き残っている罪悪感は、記憶がなくたって、今でも、私の心に残っているのだ。)



そういえばいつだったか、そう、沢田くんがイタリアに行く直前、似たような頭痛に見舞われた事がある。
なにか、関係が、


(やめよう。)
(フタをあける事は、わたしにとって、いいことじゃ、ないような気がする、から。)






そっとため息をついて、水をとめた。
米を洗って、炊飯器にセットする。厚釜が少し重い。
肉をいためる音と、香り。あぁ、獄寺くんだ。
野菜をシンの硬いものから煮込んで、肉を入れて、ルーを入れて、また煮込んで。
市販のルーだけれど、きっとおいしくできる。
はしゃぐような山本くんとブン太の声も、それを「うるせぇ!」といさめる獄寺くんの声も、平和だ。(それがとても、嬉しい。)

本来食事も作ってくださるお手伝いさんは、野球部の皆さんと一緒に清掃に徹すると聞いていたので、たぶん今ごろは施設内をくまなく清掃中だろう。
初日だから、すこし大変だろう。あとでお礼を言っておかなくてはならない。
考えながら、ちゃっちゃと使用済みの調理器具を洗う。
んん、いい匂いがする。(獄寺くんはマメだ。サラダとかスープとか、本当に凝ってる。)

夏は日が長い。今だって、もう6時を過ぎているのに、すこしも薄暗い様子がない。
だからちょっと時間の感覚がマヒするけれど、それがまた、夏を引き立てる。

そろそろ海に行った連中が帰ってくるはずで、体調が悪い事になっているブン太は、いかにもな顔つきを作る練習をしてから、調理室を出ようとした。
名残惜しそうにこちらをみるから、山本くんとちょっと笑った。
夜、すこし打とうか、などという約束をして、手を振ると、輝かしい笑顔で手を振り返してくる。(変わらないな、あぁいうところは。)
そのうち、本当に「いかにも」な顔つきで2階からおりてきて、カレーを食べてからまた上にあがるのだろう。(きっと「夜風にあたってくる」とか、そう言ってから外に出てくる気だろうな。)

食堂のはじにあるテーブルにカレー鍋をセットするように頼んでから、食器を運んだ。
すべてに水通しするのにはヒト手間かかったが、そうしておくと気持ちが違う。
食べた後は各自皿を軽くすすいでから食器洗い器に入れておくようにと、ここのお手伝いさんがいっていたことを思い出す。
明日からは彼女たちと一緒に炊事や洗濯をこなしていくのだけれど、私は邪魔にならないだろうか。
(…いや、精一杯、できることをするだけだ。)
炊き上がったご飯に空気を入れてセットすれば、完了。


ブン太と同じ理由で海に行けなかったことになっている獄寺くんも、そそくさと部屋に戻って待機だ。
それからちょっと、野球部の皆さんが大掃除を終えて帰ってくるまでに、マネージャー人数分の皿やらなにやらを用意する。
そろそろ帰ってくるんじゃねーか、と、こぼした山本くんの声に反応して食堂の入り口を見ると、野球部の皆さんが帰ってきた。
(ちょっと、テニス部が帰ってくるのかと思って、身構えてしまった。)

まだ帰ってくる様子のないテニス部を尻目に、マネージャー業をこのあとにも控えている私たちは、先にいただくことにした。
青学生じゃなく、単なるマネージャーとしての、しかも山本くんと普通に会話するような立場の私に、野球部の皆さんはまだ慣れていないらしかった。
調理に私も加わったということを聞いてちょっとだけ気まずそうにしていたが、いざカレーを目の前にすると、一気に表情が明るくなる。
(笑って、ちょっと謝られて、ありがとうといわれたけれど、私はなんでこんなにも嬉しいんだろう。)

ほくほくした気持ちで列の最後尾に並んで、皿にごはんとカレーをよそって、獄寺くんが腕をふるってくれたスープと、サラダを、


「あなたたち。」

「!!」


どこかで確実に、しかも何度も、何度も聞いたことがあるような声に、思わず固まった。
取り落としそうになったサラダのボゥルの体勢を整えてから、ちょっと深呼吸してゆっくりと後ろを振り返る。


「夕飯、ご苦労様だったわね。」

「な、…ん、で、」「いつ来たんスかー、獄寺のねーさん!」

「少し前よ。こっちはこっちで忙しいの。」


まるで最初からすべて打ち合わせしていたかのような山本くんの口調に、なんとなく戸惑った。
(私だけ知らないの?)


「あの、」

「私がここに来ること、知ってるのは数人だけよ。」

「獄寺と俺と、丸井にも一応身内ってことは伝えといたけどな!」

「だから葵、あなたが知らないのは無理もないのよ。だって綱吉も知らないもの。」


つまりは、単独行動ということで、いいのだろうか。
話しによると、ビアンキさんは仕事の一環として、合同合宿中の総合保護監督者というポストをもらって、ここに来ているらしい。

なんでも、沢田くんの名前を出して校長先生を脅して、竜崎先生と面会して…。
私たちも参加してるテニス部の合宿に保護者がいないってことに心配して?
なんだったかな。
あぁそう、獄寺くんの姉だってことをちょっと言いまわして、竜崎先生と意気投合して。
それでうまく、合宿中の保護監督者のポストを言い付かった、らしい。
一応竜崎先生の友人として来ているという設定になっていて、今日の夕飯時に全員に伝えるそうだ。
(先生のいない合宿だって聞いてたから、入り込むのはチョロかったわ。なんて、言っていたけど聞こえないフリをした。)

わざわざ立海や氷帝にも赴いて、その旨を伝えてから合宿に来たって言ってたから、忙しかったのはそのことなんだろう。


「でも、なんでわざわざ、」

「単なる思い付きよ。」

「言ってるけどな、葵のことが心配でムリヤリねじ込んだんだぜ。2週間くらい前からきっちり用意してたの俺知ってんもん。」

「山本武!!」

「ははっ!」


ほわっと、心が温かくなった。
(あぁ、仲間って、こんなかんじなんだ。)

思わずビアンキさんの顔をみると、ふいっと目をそらされてしまった。


「…ありがとう、ございます。」

「…いいわよ、別に。」


赤くなった頬に、思わず微笑った。







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