「あつい、ですね。」

「あちぃなぁ。」

「テメーらふぬけてんな、こんくらいで。」


そう言う獄寺くんがたぶん一番暑そうだ。たばねた髪が光にまぶしい。
潮の香りのする風が吹いた。
さらりと髪がなびいて、下り坂の下方からまきあげるように。

合宿所から歩くこと10分。早足だったとは言わないが、下り坂の力でひっぱられる足はさくさく進んだ。
それなのに10分かかるということは、帰りは20分から30分はかかるだろう。
そんなことを思いつつ業務用スーパーの自動ドアが開く音に耳を傾ける。店内は小奇麗で、すずしかった。
最初に入った山本くんがふらりと横道にそれてしまったが、こらっと言った獄寺くんの声をかるくいなしててけてけと消えていった。

「っのやろぉ、小学生じゃねぇんだからよぉ!」

「…買い物、してしまいましょうね。」

「…おう。」

唇を尖らせた獄寺くんにちょっと笑って、かごを手に取った。
近場からぐるりとまわってみて、必要なものをぽいぽいとかごに入れていたら、結構早く済んでしまった。会計にあわせて、財布の準備をする。(大丈夫、予算内。)

合宿初日というからには、いろいろとやることが山積みになっている。
それは私だけではなく、山本くんを初めとする野球部のお手伝いの方々も、合宿所に臨時で雇われているお手伝いさん(俗に言うメイドさん、である。)も、同じことが言えるのだ。
お手伝いさんは現在合宿所の隅から隅までを清掃していて、野球部もそれを手伝っている。
だから、本来ならばお手伝いさんの仕事である買出しと炊事を、今日は私たちが引き受ける約束であったのだ。
山本くんは本当に荷物もちのためにここにいるというようにも解釈できる。

明日からは、私たちはマネージャー業に関することを徹底してやり、出来る範囲での清掃と炊事を手伝うような形になる。
だからたぶん、私が最初から最後まで作りとおすのは今日だけだ。
(あらかじめ材料をリストアップしておくくらいには気合が入っていた。だから予定より早く買い物が終わってしまったのだけれど、これはなんとなく気恥ずかしい。)

袋に野菜を詰め込んで、持ち上げようとすると獄寺くんが横からぱしりとさらった。

「お前が持つもんじゃねぇ。」

「…じゃあ、その、小さいのを…」

本当なら荷物持ちではないはずの彼に全て持たせてしまうのは気が引けて、せめてと思って小さめの袋を持ち上げた。
笑うと、ムスっとして横を向いてから、少し笑った目元にほほえましくなる。

「…山本くん、どこでしょうね。」

「ケータイかけてみっか。」

「はい。…一応、外に出ておきましょうか。」


がさがさと袋を揺らし、開く自動ドアから外へ出ると、ぶぁっとアツい風が頬を打ちつけた。
思い切り吸い込んでしまい、少しむせる。目がしみるような気さえした。
隣では獄寺くんも同じようにむせて、耳に当てたケータイを数回鳴らしてから切った。
日陰になっているドア付近で、並んで、何も言わずに立っている。(中にいたほうが良かったかな。)
空気は、あたたかかった。

「あ、いた!わりー、おまたせ!」

にこーっと笑って駆け寄ってくるのは山本くん。手には白く、小さいビニール袋をぶら下げていた。

「大丈夫です。行きましょう。」

「あ、チョットまってホラ!」

にこにこと袋を掲げる。
獄寺くんが、眉を寄せた。








てくてくと歩く歩道に、じりじりと太陽が照りつける。アスファルトはやわらかい。
吸い込むコーヒー味のアイスは冷たくて、おいしい。
やっぱりアイスってすてき。

「夜ってカレーか?」

「はい。何でわかるんですか?」

「材料みりゃわかんだろ。ついたらすぐ作るんだろ?」

「そうですよね。はい。そのつもりです。
夕飯の後、備品のチェックをしに行きたいんで、早めに済ませないと。」


半分ずつわたったアイス。もう1本余っているけれど、山本くんはこれをどうするつもりだろう。

すこし、息が切れていた。
ぽたりとあごのラインを伝う汗。あつい。
手の中で溶け始めた、容器に入っている冷たいもの。
手がひやりと濡れて、口のところをかしかしと噛んだ。

花が咲いて、鳥が飛んで、風が吹いて。
月はあいにく見えないけれど、とても美しい景色だ。一寸違いの花鳥風月。いまだ醒めない月に、なんとなく恋焦がれてみる。
今日は三日月だという話だけれど、今この瞬間に、昼の白い三日月があらわれていたらさぞかし綺麗だったことだろう。
(だから不完全で、最上級に美しいわけではないけれど、この人たちと一緒に、ゆったりと歩くのどかさが、とても美しい。)







「あ、そろそろ着くんじゃないですか?」

「そうか?」

「はい。ひまわりが咲いていますから。」

「よく覚えてんのな!」

からりと笑う山本くんは、ひまわりの太陽を仰ぐ姿を見つめてから、道の先をちらりと見やる。
すると、ぴくりと肩を揺らしてから目を大きくして、嬉しそうな表情で獄寺くんを見た。
私も道の先を見てみるが、背の違いなのか視力の違いなのか、坂の上には何も見えない。
先を歩く山本くんには何か驚くようなものが見られたのだろうか。

そのまま歩くと、すこしの距離に門が見えた。
そして、すぐ山本くんが袋を投げた。

「え、」

アイスが入っているのに、何をしているのだろうか。
たずねようとした瞬間、がさりと受け取る音がした。


「お帰り。」



にかっと笑う顔。
さわさわと髪をそよがせて、門の近くから歩いてきた、赤い、それに。


「ブン、太…!」


叫ぶように声にした。


「よぉ、葵。」

にこっと笑う。今も昔も変わらない、そのいたずらっぽい笑顔に、思わず駆け出した。
手を伸ばして腹に飛び込む。勢いが良すぎて、ブン太の口から「ぐっ」というような音がもれた気がした。
がばりと離れて笑顔をのぞきこむ。身長はそんなに変わらないはずだけれど、体格差が出始める2年生、そして3年生。そういえば先輩だった。


「久しぶり。ちょ、苦しいわ。」

「ごめん、なさい。…久しぶり、ブン太…!」


思わず泣きそうになった。
(本当に、久しぶりだ。私がこうなってしまう前が思い出される。)
眉を寄せて、唇をぎゅっと結ぶと、目頭があつくなった。


「…葵。がんばってんだな。」


目の端が、あたたかくなる。
するりと一筋、頬からあごをつたうしずくに気がついた。

私の一番楽しかったときを、一緒に過ごした人。
テニスというものを挟んで、小学生のときに競い合った、仲間だ。



「…ありがとう。」


つぶやくと、ははっと笑う声が聞こえた。山本くんだ。

「おーい、感動の再会はわかっけど、アイス溶けんぜ?」「あっ!」


山本ぉ、早くいえよなぁ!なんていうあせった声色に、思わず笑った。
(あれ?)


「…お知り合い、でしたか?」

「あぁ、俺らってよりツナがな!だろ?獄寺!」

「おう。」


こくりとうなずく獄寺くん。「俺にいたっては丸井のこと、声しか知らなかったんだぜ!さっき初めて会ったんだよな!」
快活に笑う山本くんは、人見知りをしない人だ。
獄寺くんがそうだったっけ。といったように首をかしげるのが、ちょっと笑えてしまう。
(さっきのアイスは餞別のようなものなのだろうか。)

「俺さ、ちっちぇーときにツナと知り合ってて。
母さん同士が知り合いみてぇでさ、ちょくちょく遊んでんのね。ちびだった俺らもちょこちょこくっついて回ってたから、必然と幼馴染、みてぇな?」


ブイ、と、ピースするいたずらっぽい顔つき。
あいた口がふさがらない。
(必然であると、ひとくくりにしてしまっていいのだろうか。それとも。)



たぶん、私とブン太が出会ったことも、私と沢田くんが出会ったことも、沢田くんとブン太がであったことも、おそらくは必然なのだ。
でもきっと、沢田くんがいないこの場所に、引き合わせられる事になった私たちに関しては、どこかしらで(策略、)の、ようなものを感じる。
(それでも本当に、私たちの出会いというのは、きっと運命なのだろうと、キセキなのだろうと、思った。)
自分で運命だとか、キセキだとか考えておいて、すこし恥ずかしくなる。否定は、しない。

「中はいっか。そろそろ作りはじめねーとな。」

笑って言う山本くんに、ほんの少し、わらった。
(嬉しい気持ちは変わらないから。この運命のおかげで、私たちは、出会えた。)







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