夏の日差しというのは肌に強い刺激を与えてしまう。
でも、私は意外と夏という季節がすきなのだ。
夏の暑い空気を吸い込み、すこしむせかえりながらも目を開けると、まぶしい光が瞳に反射した。

バスは一番前、窓際に座っていたけれど、私以外には獄寺くんと山本くん、数人の野球部の人たちが座っているだけだ。後ろのほうにレギュラーが陣取っており、もちろん彼女もその真ん中に位置づけられている。
楽しそうな笑い声が響く。
それを聞きたくなくて、イヤホンをポーチから取り出した。
(しょうがないことだ。わかっていたんだ。しょうがないんだ。)

頭に直接叩き込まれるような甲高い笑い声をイヤホンで打ち消して、ケータイに接続し、音楽機能を立ち上げて再生ボタンを押すとやわらかなメロディーが流れ込んだ。
音楽が好きで、よくすてきなアーティストを探してはケータイに取り込んでいた。
(今聞いているのは、沢田くんにすすめられた曲。)

そしてたぶん、次にかかるのは山本くんが貸してくれた曲で、京子ちゃん、ハルちゃん、獄寺くん。みんながすすめてくれた曲が順々にかかるんだと思う。
最初から聞いていくと、最近入れた曲からかかるようになってる。それって、みんなに借りたものばっかりだから。
(こうやって、ちょっとずつ助けられてる。)
(こうやって、ちょっとずつ元気になれる。)

隣からはすでに寝息が聞こえていて、なんとなくそれすらも、私にとっては気が楽になることのひとつになりうる。


しばらくバスが揺れた。
かたかたと振動が伝わり、蓄積された緊張は疲れとなった。肩がこっている。
すこし、長い道のりだった。
たしか、昨年はこの道のりが楽しかった。
笑いあって、ちょっとしたトランプなんかをやって、はしゃいで。
でも、私はその世界にはいない。私はもう、彼らの世界には戻れない。
捨てたというわけではないし、捨てたい気持ちはほとんどない。
でも、もし今彼らの世界に戻れるチャンスができたとしても、私は自ら彼らの世界に戻ることを選ばないだろう。
(今、私には仲間と呼べる人たちがいるから。)
表面上かなり穏やかでも、立場的には完全な対立だ。

隣で寝息を立てている人や、うしろでなにか野球部の人たちと話しをしている人がここにいて、遠くても、ススキ色の彼だって、みんな、みんな、いる。
居場所と呼べるところ。
また、穏やかでやさしい世界が広がって、

酔わないように口の中で転がしておいたミントキャンディが、すこし甘く感じた。(新しい、世界だ。)


イヤホンにそっとふれて、みんなの音楽に耳を傾ける。すると突然、横から風がふいた。
驚いて窓のほうを向くと、後ろの席の窓が開いていて、いすの隙間から山本くんが顔を出した。

「海、みえるぜ。」

ほほえむ彼、窓から吹き込む風はなんとなく、塩のかおりがした。
きらきらとかがやく海面がみえる。

「な?」

太陽が反射して、彼の笑顔もまぶしく見えた。にっと笑う彼はとんでもなく優しい人だ。穏やかでいてさわやかそうな雰囲気は今この瞬間でも消えることはなくて、それがまた、やわらかく吹き込む熱い風にぴったりとあっていた。なんて夏の似合う人だろう。

「…そろそろつくのかよ?」

また突然に、隣から寝ぼけたような声が聞こえた。
そろりと見やると、半分寝ているような顔つきで窓を見つめていた。きっと、景色は瞳にうつっていない。
そのくせ、なんとなく厳しい顔つきだ。まるでなにかを警戒しているように。
いや、これはもしかしたら、彼なりに緊張しているのだろうか。何かの使命を眼前に見据えるように、空中を仰いでにらみつけた。

でも、その真剣さはやはりまだ寝起きのものであって、すこしだけ子供っぽさを感じた。
山本くんと顔を見合わせてから、小さく笑った。
はぁ、なんだよ。なんて、むっとしたような彼は覚醒しかけている。
これ以上笑うと怒られそうだ。そんな顔つきで、山本くんは私をみてから、窓の外に視線をうつした。
窓から吹き込む風に、平和を感じた。
(ひとときの平和だけれど、ほんの少しだけ、夢を見させてほしかった。)


間違いなく、ほんとうに、合宿が始まったらわたしはどこかがおかしくなる。
決して、気がふれるということではない。どういった表現が適切なのか、よくわからないけれど、でも、
休息はほとんどないに等しい。

それでも私が今回来たのは、彼らがいるからであるし、テニスが、好きだからだ。
それは本当に、馬鹿だと言われてしまうような行為だ。
敵の愛するものを愛し、敵に尽力する。それは、敵を愛することにつながる。
(敵が私を愛さなくても、)
(それでも私は愛し続ける。)

やると決めたことは、やらなくてはならない。
愛するもののために敵に頭をむける自分を誇らしいとは思わないけれど、そう自分で決めたのだから、それでいいんだと思う。


耳にあてたイヤホンをそっとはずして巻き取った。かばんに放り込んで、ジャッと勢いよく閉める。
力強く、祈るように。
(祈るように。それは私が、沢田くんを見ていて感じたことだった。ならば私だって、ほんのすこしの祈りを。)



バスがゆるやかに止まった。
ざわざわと、選手たちと彼女が降りていく。
私たちは、合宿所に到着した。










「私、荷物を置いてきますね。」

「葵、」

「…はい。」

「無理すんなよな!」

「…ありがとう、」



一番最後にバスから降りて、私は山本くんの暖かいまなざしから離れていった。
なんとなく、逃げるように。
彼は優しくて、ちょっとだけ心がむずむずするから。
顔が見れなくなってしまう。獄寺くんのぶっきらぼうで不器用な優しさも、恭弥さんのさりげなくて頼れる優しさも、みんなそうだけれど、山本くんは誰よりもストレートだから。

ふと、ススキ色が頭に浮かんだ。
重たい荷物の入ったかごやケースを抱えて、マネージャー用の部屋に向かう。
自分の荷物を置いたら確実に鍵をかけてから、調理室に行ってボトルを置きに行かなくてはならない。
こんなとき、静かに部屋までついてきてくれて、ほほ笑みながらかごを持ってくれる。沢田くんの優しさって、たぶんそんな感じなんだ。
沢田くんは山本くんほどストレートでなくて、獄寺くんほど不器用でもなくて、恭弥さんほどのさりげなさでもない。
絶妙だ。だからこそ、なんとなく暖かい。くすぐったくなる。
それにしてもなんだろう、沢田くんを思い出そうとするとどうしても決まって、
(優しい顔ばかりが浮かんでくる。)

なんとなく嬉しくなって、しっかりと鍵をかけた扉にもたれかかってみた。


「…さ、いかなくちゃ。」


遠くに居る彼がこんなにも励みになるなんて。近くに居る彼らと同じくらいに私を強くさせてくれた気がして、思わず歩み始めた足取りが軽くなった。
100%、間違いなく、彼らは私を助けてくれている。

だから私は彼らにこたえる。
仕事をもって、誠実に。
たとえ、目の前で微笑む彼女に、どんなに過酷な仕事を押し付けられても。



「こんにちは、葵ちゃん!」



「…田波、さん、」







*8.青空に誓いますか




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