「合宿?なになに、青学と?」



身を乗り出し座っていた椅子の足をぐらりとふらつかせる少年。切原赤也。


立海という場所の中等部。
テニスコート脇の部室に集まるのは、言うまでもなく部員達である。

部活後に誰しもが疲れきっているであろうその空気の重さ。
夏の初め、言いようのない湿気に窓際にいた仁王という少年は、銀色の髪をかきあげつつ窓をそっと開いた。



「静かにしろ、赤也。

手元にプリントが渡っていると思うが、今月の半ばから青学、立海の合同合宿をおこなう。
今回も互いに己を高めるいい機会となると思う。
万全に体調などを整えておけ。」


なんとなく眉間にしわを寄せ、部長の幸村と言う少年が居ないこの場を仕切るのは、副部長の真田である。
まるで中学生らしくない面々のそろう中、丸井は大きなあくびをした。
赤色の髪を後ろでひとつにくくり、配られたプリントをひらひらと煽りつつ口を開く。


「ゆきぶちょーはぁ?」

「幸村も当日は参加できるそうだ。」

「なぁ、ここに氷帝って書いてあんだけど。」

「途中から氷帝学園も参加できるらしい。」

「豪華じゃのう。」


銀色の髪をくくりなおしながらも、仁王は笑う。
丸井と真田の応答が間髪いれず続いたために、なんとなく部員全員のエネルギーが会話に集中してしまい、額から汗が出た。

誰かがため息を付いた。



「…特に丸井。お前は心して向かえ。」


真田の言葉はため息を付いた張本人である、丸井に向かう。
おそらく外気のほうが涼しく感じられるであろう室内。
授業中ならば下敷きなどを使用してまで清涼感を求める健全な男子生徒が、こんなにも狭苦しい室内の閉じ込められたままで良いのだろうか。

外ではセミが鳴いた。

なんとなく、また額から汗が噴き出した。


「…おれ?なんでよ?」


「氷帝の芥川。
そして、青学の、」

「青学?誰かいたっけか?」


丸井は基本的に県外の中学校には知り合いが多いが、青学には、丸井の得意とするボレーの有名な選手は居ないはずであった。
氷帝の芥川なら結構名が通っているし、実際にこの間メールアドレスを交換してから、なかなか親しくなった。


「青学に新たに編入してきた者たち、お前と頻繁に連絡をし合っていたと聞いたが?」

「…あぁ、ツナな、でもアイツは合宿これねーよたぶん?」

「他校のテニス部との情報交換などはほどほどにしておけ。
その者以外にも居るだろう。」

「わかってますー。
誰だってーの、おれ獄寺はそんな好きじゃ…」

(ないっての。ツナの側近なんか、あんま親しくねーし。)


顔立ちの整った彼は大きくため息を付いて、最近連絡を取り合う幼馴染が青学に編入した事を思い出した。

彼の幼馴染であるその人物。
母が友人同士で、小さいころからよく遊んだ覚えがある。
兄弟のようで、それでも住む世界の違う人間だと、丸井は知っている。


「知り合いだろう、マネージャーは確かボレーの、」

マネージャーと聞いて、プリントに記された青学選手名簿をみた。


「マネージャーねぇ。2人もいるんかい。田波果歩に外村葵。」
マネージャーのいる青学といないウチとの違いはなんなんだろうな。
なんか名前みるだけでかわいいもんな。
果歩と葵ね。


(あれ?)


「……葵?」










(あぁ、こんなにも偶然の重なる現実はきっと真実で、偽りのない本当。)







幼馴染の口から聞いてた。
幼馴染が2人とも青学に編入したことも、その側近も青学に編入して、テニス部に入って、かわいそうなマネージャーとであったってことも。


マネージャーの話を幼馴染はよく俺にしてたけど、ほら、かわいそう以外にもあれだよ、かわいいとかかわいいとか。


真田の言葉を反復してみると、すこし頭が混乱した。

(青学のマネージャーはボレーで有名な選手だって?)


もしかしなくとも、おれ、昔、そいつと一緒にボレーの練習したよな?


だって、ボレーで有名な女の選手なんて、そいつしか考えらんねーんだけど、ちょっとまてぃ。




おれらの世代で、ボレーで有名な女の選手。

名前は外村葵。


青学のマネージャー。


(これってまさか、一致すんだよな?)






最近連絡とってなかったから、てっきり遠くに行ったのかと思ってた。





ホントはこんなに近くに居るなんて、誰が思うんだよ!









ススキ色の子猫はいたずらに笑う。



(合宿、青学、幼馴染み、かわいそうなマネージャー、ボレーの選手、親しかった友人。)



あれ、もしかしたらおれ、もう戻れないポジションについてんのかよ、全くもうめんどくせーな!


(ぜってーツナが仕組んだんだよ、この合宿だって、普通東京のやつらと神奈川のおれらが合宿なんかするわけないんだっての。)



盛大にため息をついた。
それでも、なんとなく、笑顔がこぼれた気がする。
















「…丸井か?」

「…よ、よう、獄寺。なんだよいきなり電話してくるなんてよ、気味わりぃなぁ。」

「うっせぇフーセンガム!
お前、立海のテニス部だろ?
もう合宿のこと知らされたか?」

「…たいむりぃだなおい、今日の部活でプリント配られたっての。」


着信はダースベーダーのテーマ。
紛れもなく、幼馴染の側近、獄寺隼人からの電話だ。

なんて、それこそタイムリーなのだろうかと思いつつ、携帯電話の上部に耳を当てるやいなや、聞こえたのがなんとなく不安そうな声だったものだから、それとなく驚いた。


「さっそく本題なんだがよ、お前、昔クラブかなんかの合宿で、…外村葵に会ってんだってな?
忘れたとは言わせねぇぞ。」

「…なんだよ、ツナにも言ってねーぞぃ。」

「俺らの情報網をなめんじゃねぇぞコラ。」


寝転がったベットの上。
なんとなく心臓をわしづかみされた気分になり、丸井はのろりと起き上がった。


「…で?
会ってたらどうなんだよ、なんか問題でもあんの?」

「…外村が、青学のマネージャーだって、知ってっか?」

「………今日なんとなーく感づいてた!
…やっぱ、同一人物かい。」


予感が確信に、確信が事実に変わった。
あぁ、獄寺の口から葵の名前が出てくるなんて、そんな。
何度目かはわからないが、また小さくため息をついた。
次に聞こえた獄寺の声は、なんとなく重苦しかった気がする。

「…沢田さんからの頼み事だ。
お前は、何があっても俺らのことだけは絶対に信じろ。」

「…は?…俺らって誰だし。」

「外村と俺、あとお前も一回あったことあるだろ、山本だ。
雲雀恭弥の話しは沢田さんから聞いてるよな?
最低でもこの4人だな。
もっかい言うぞ、…沢田さんの頼みだ。」


重苦しいどころじゃない。
苦々しいというか、なんというか、うまい言葉がみつからないけれど。


「……なにがあんのかしんねーけどさぁ、まぁ、ツナの頼みってんなら…聞いてやっても、いいぜぃ。」


無意識に呟いた言葉に、たぶん嘘はなかった。

(だって、真剣な獄寺に嘘なんか返したら、すげぇ失礼だ。)



一方的に通話が切られた携帯電話。

後に残る無機質な電子音を聞いて、丸井は、なんとなく笑った。




「…それに、おれが、葵を敵とみなすわけが、ねぇだろぃ。」



(それにしたっておれ、だいぶ踊らされんだろうなぁ。)












はぐれた子猫のひとり笑い。


握り締めた携帯電話、彼女の安全は極々一方的に徹底された防御網により包囲されているなんて。






人生にはラッキーが付き物で、偶然も必然も、境目無く何もかもが確立されている世界。









彼女は知っている。



沢田綱吉にみんな。

丸井ブン太、そして眠り羊。




彼らは彼女に危害を加える事は無く、それでも踏み込めない何かがあり、それが逆に信頼を置くことができる距離であると、そう、彼女は知っている。



ただ、知らないとすれば彼らの関係くらいであって、それを知る事はきっとまた後日となるであろう。






順調に回る世界は全て、そう、沢田綱吉の作中にあるのであると、それというのは誰もが知り得ない必然である。

丸井だけが気づいた事実だ。

今はまだ、誰も「知らない」。






*5.doccia fredda




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