「…そうですか。はい。はい。…えぇ、わかりました。
了解です。
お気をつけて、…十代目。」
晴れ渡る空。
ところどころに雲は折り重なり、厚く広がる。
清爽な風に、髪が柔らかくなびいた。
朝7時から始まったら、4時には切り上げるのが一般的な青学テニス部、夏休みの練習時においての決まりごとのようなものだった。
今はもう4時をとっくにすぎていて、30分をまわっている。
コートには誰も居ない。
マネージャーと称しつつも、さっさと部員と共に帰っていってしまった彼女。
マネージャーと認められてもいないのに、仕事をするのは私である。
好きでやっているから、いいんだけれど。
だって、これって今にはじまったことじゃないもの。
空色は風に流れる。
干したタオルはなびき、コートのフェンスがかすかに揺れる音がする。
学校にはもう誰も居ない気配が感じられた。静寂の気配だ。
音がしなくて、風がやわらかく葉を揺らして。
世界でたったひとりだけになったような感覚。
私はここに居る。
誰も知らない、小さく、小さく息をして、
ほんとうは、誰にも知られないようにこうして縮こまってるだけだと、そう思いながら私はラケットを手に取った。
トリックなんていらなくて、ただ単に私は動く。
振り切ったラケット。
白い音が残る。
白い跡が残る。
白い切っ先の末端にはやわらかな空気が残るだけで、私はゆったりとステップを踏んだ。
(きっと私はいまひどい顔をしている。)
「なぁ、外村ってテニスできんのな。」
「!…や………山本、くん…」
音のない、音だけの世界。
黒いジャージ姿に赤色のバッグ。
山本武その人は、快活に笑ってみせる。
(感慨深く、ひとりきりの存在に入り浸っていたときだった。)
(ぎり、と、唇を噛み締めたところに入り込んだ笑顔。)
(静寂が、一声にかき消される。)
(まるで、叫び声が雨にすいこまれるように、)
「なぁ、テニスって難しいか?」
「…難しいってほどでも…」
「あ、じゃあ俺もやってみてーな!」
「…テニスを、ですか?」
「ああ。だってなんか、楽しそうだったからよ、お前。」
「………楽しそう、…ですか……。」
私はずっとのけ者だった。
まるで集団の憩いの場からはぐれて、ぽつんと取り残されてしまった小動物のように。
輝く表の風景はとてもうらやましくて、私の憧れだった。
私をのけ者にするというのに、テニスと言うスポーツが好きだった。
それでも私は表には出る事ができなくて、だからわざわざ青春学園に入ってまでも、マネージャー業を選んだというのに。
「…この有り様、か………」
「なんか言ったか?」
「いえ、…なんでも、ありません。」
目の前で笑う山本武。
私の貸したラケットを振っては止まり、また振っては止まる。
「…どうかしましたか?」
「あ、いや、…なんつーかさ、外村のラケットっておもしれーよな。
真っ白だ。
なんかさ、キレイだな。」
「………ありがとう、ございます。」
快活に笑う。
あぁ、私のラケットをきれいだと言ってくれる人。
あの2人以外には、居ないと思ったのに。
「いーラケット使って、好きなスポーツやって。」
呟くと、山本くんはゆるやかに歩み寄ってきた。
「…せっかく楽しそーにやってたのによ、」
「…え?」
「泣きそうな顔、すんなよな?」
寂しげに笑って、ラケットを見つめてから、私の頭にぽん、と、手をのせた。
(ばれてたんだ、)
なんとなく、ひとりじゃない空間が愛おしくなった。
はい、と、唇を動かして、私は笑った。
きっと、困ったような顔になってしまったと、思った。
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