「…しっ、つれい、しま、す。」
そろぉりとドアを開いて、つま先からゆっくりと部屋の中に入る。
入った瞬間に、甘いグレープフルーツの香りがして、思わず心が跳ね上がってしまった。
(うぁぁ、イイ男は部屋までイイ香りがするんですかっ)
ちょっとあたりを伺うと、どうやらアロマポットにたらされたオイルの香りらしかった。
なんだか珍しい。
グレープフルーツなんて、普通ならお休み前にはあんまり使わない香りだと思っていたけれど。
思わずポットの周辺をのぞくと、多種多様のオイルが並んでいて、なんだかほほえましくなった。
(かわいい人、なんだなぁ。)
「…ん……」
「!!」
背後に聞こえた声と、布類がすれる音に、妙にびっくりしてしまった。
(だって、なんだかいろっぽいこえをだすんだもの!)
こうしている場合じゃなかったんだ。
あたしの任務はボスを起こして、朝食に向かわせること。
危うく変な気分に寄り道するところだった。
いたって静かに、人を起こそうと思っているとは思えないくらいにゆったりとした動きで、あたしはボスのべッドに近づいた。
そこには、とんでもなく無防備な顔で、やわらかい枕にススキ色の髪を沈ませて、本当に気持ちよさそうに眠っている、ひとりのオトコノヒトの姿。
(…っく、)
ここであたしがもしデジカメなんかを持っていたとして、彼の寝顔をデータに収めることに成功したらば、その後には殴られるだろうか。
いや、いい。殴られたってかまわない。
でもあいにく、デジカメはおろか、ケータイすらも持ち合わせていなかった。(畜生!)
ちょっと深呼吸をして、心を落ち着かせてから、あたしは意を決して声をかけた。
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