「声、聞こえます?」
「えぇ。かすれてもいません。
たいした回復力じゃないか。」
「本当?
あぁ、なんだか帰るのがもったいないわ。
情が移ってしまったみたい。」
「そんなこといって、本当ははやく帰りたいんだろ?
誰って言ったっけ?
毎日のように俺にはなしてくれた、えー、たしか、つ…」
「だめだってば、ちょっと、やめてよ!」
「はは!そのくらい元気なら大丈夫!
さ、用意はすんだかい?
ママン達が待ってるぞ。」
「うん!
ありがとうございました、先生。
またね!!」
受験期というのはどうにも、もっと緊張感のあるものかと思ったけど、そうでもないみたいだ。
あぁ、一部の人間はぴりぴりしてるけど。
9月にもなると、3年生は増して忙しくなる。
推薦組は面接の練習もあるし、一般組は必死で勉強をしなくてはならない。
体育祭なんてものもあるし、合唱コンクールもある。
そして、オレにとっては、もしかしたら、という期待が芽生え始めたこの時期。
昼休み、担任からひとつの茶封筒を受け取った。
パターンは、一年前と全く同じだった。
その場で中身を確認すると、オレは一目散に走り出した。
『今日、午後1時、あそこにきて。』
やはり、この時期は暖かい。
暑いくらいだ。残暑は、オレにとって、天敵。
あぁ、もうそろそろかと思ってたけど、咲いたのか。
あつい熱と共に、華奢な花はそよぐ。
その中に、オレは、間違いなく、見つけた。
「…一年って、すげー長いね。
待ってた。
お帰り。」
後姿は、赤いボーダーのTシャツに、オーバーオールを着ていた。
髪を切ったかな、って思ったけど、てっぺんでおだんごにしてるだけみたいだ。
ふわりと振り返った彼女は、
微笑った。
「そりゃ、ながいよ。
重症の病人が
奇跡的に病気をなおして帰ってこれるくらい。
ただいま、
ツナ。」
ねぇ、スケッチブックの一番後ろは、あの文字ではなかったんだね。
受け取った茶封筒の中身、ちゃんとみたよ。
コスモスの中
佇む少年は
紛れもなく、オレだった。
秋桜の揺れた午後の日
微笑った彼女に
そっとキスをした
fin
「ほんとはね
好きで、どうしようもなくて、
恥ずかしくて
見舞い、いけなくなったんだよね。」
呟いたオレに、彼女は笑った。