「十代目、前から気になってたんですけど…」







窓から吹く風は9月と言えどもまだまだあつく、それでもなんだか心地よい。
そよそよと髪が揺れる。
ふわりと、太陽のにおいがした。
細いシャープペンシルの先を、ノートのサラリとした一面の真ん中に押し当て、そのままオレは風の流れを見つめた。
影はシャープペンシルの形をしていた。
穏やかすぎる5時間目。
まぶたをそっとおろしても、今日はなんだか眠れなかった。





昼休みの最中、教室でクラスの女子の話をしていたんだ。
アイツは性格がいいだとか、アイツは女とは思えねーだとか。
その会話の中で、今まで口を閉ざしていた獄寺が、いきなり口を挟んだ。

「十代目、前から気になってたんですけど、このクラスって女子たりなくないですか?」

獄寺の見つめる先にあるのは大きく貼られたクラス名簿。
女子は全員で20人。

「あぁ、あれじゃねぇの、ほら。
病気しててずっと学校きてねーやつ。
外村葵だろ?」


耳が、遠くなった気がした。







遠い、記憶の中に住まう彼女の笑顔。

彼女は今、何をしているだろうか。

笑っているだろうか。

泣いているだろうか。

顔をしばらく見ていない。

きれいになっているだろうな。

オレの事、


「……忘れて、ないかな…」



ぽつりと声に出してみた。


空いた席の中には、プリントも入っていなかった。

















(緊張してきた。)

2-Aのプレートを見つめる。

すっきりとしたラインの制服には、今しがた腕を通した事がなかった。

夏服のワイシャツがじっとりと肌に張り付く。

息は、苦しくない。

心臓も、そんなには、高鳴っていない。

ただ、

昨日、久々の私の枕元で思い浮かべた

彼のことだけが、気がかりだった。















今朝、学校の花壇にコスモスを見た。

秋の桜って、書くんだよ、なんて、獄寺君に教えたら、彼は感心しながらまじまじと「きれいですね」と、呟いた。

『彼女』の姿と、なぜか、重なった。


ざわつくクラスはもう少しでSHRが始まる時間。
さらりと吹いた暖かい風を顔面に直に受けて、少し目にしみた。
今日は体育があるな。
リボーンのおかげ(ちょっと不本意だけど)で体力も付いたし、運動神経も育ったから体育はなんとなく楽しみな教科なんだけど。
そんな事をぼーっと思い浮かべていると、カラリと静かに扉が開いた。
まだ生徒は教室を頻繁に出入りしているから、特に気にも止めない、はずだった。

ざわつくクラス。

誰も、なにも気が付かない。

今まで、なんとなく埃っぽかった、あの机に、ひとりの女の子が、今。


「………葵……っ!」


柄にもなく、声のボリュームをあげてしまった。
喉が、乾きすぎて、呼んだ名前が、どことなくかすれた。

黒い、長い髪は、柔らかい風に、ひらりと揺れる。

誰もがオレに注目してしまった。

オレは、彼女しか見えなくなってしまったみたいで、


「……つっ…、く、ん。」



華が、開いたみたいだ。


ふわりと、

彼女は、

微笑った。







やっと会えたね














SHRの最中は気が気でなかった。
先生にはなにやらはれ物のように扱われたし、ちょっとばかり気分が悪かったけれど、問題点はそこではない。

覚えていたんだね。

忘れていなかったんだね。
















SHRが終わると同時に、オレは彼女の席まで小走りして、腕を掴んで教室を出た。
あぁ、オレらしくない!


「…そか……。一時、退院、なんだ…。」

「うん。完全に治ってはいないの。」

久しぶりだね、から会話が始まって、いつのまにかトントンと話が進んでいく。
懐かしすぎる再開に、思わず涙が出そうになった。
そう。
だって、本当に、長い事、あっていなかった。
オレは途中からなんだか色々と忙しくなって、彼女の見舞いに行けなくなった。
罪悪感が、オレの心を蝕んでいた。


「なぁ、帰り、一緒に帰らない?」

にっこり笑ってこんな言葉を言えるのは、きっと彼女にだけだろう。
彼女の驚いた顔と、すぐ後の、にっこり微笑って頷いた一連の動作は、オレのまぶたの裏に、焼きついた。


一日の過程と言うのはどうにもつまらなく、時の流れがなんだかとても遅く感じていたと言うのに、今日は一体どうしたのだろう。
いやにはやく授業が進んで、やけにあっさりと50分が過ぎていく事の繰り返しだった。
クラスメートには彼女との事を冷やかされたけど、別に恥ずかしいこととは思わなくて、なんだかオレがオレじゃないみたいだった。

彼女は顔立ちがとても美しく、病気がちであるために透き通るような白い肌をしていた。
物憂げな表情はたちまち全校の噂となり、2-Aの前の廊下は一日中騒がしくなる。
そんななか、彼女は授業が終わればオレの席まで来て、話しては笑い、予鈴がなれば帰ってゆく。
かなりの優越感は、きっと彼女の笑顔から来るのだろう。

儚く、美しく、それでいてひっそりと、

まるで野原に一斉に咲いた、あの華の様に。






放課後の教室はやけに静かで、遠くに響く山本の「ナイバッチー!!」までよく聞き取れた。
獄寺君はリボーンに任せてしまったし、ゆっくりと二人で話せる空間ができて助かる。




「つっ……、ん、沢田君、はさ、私の特技とか、ちゃんと覚えてる?」

「…ツナでも、つっくんでも、なんでもいいよ?
…んと、そう、絵を描くのが好きだった?」

「正解…!」

優しげに微笑んだ彼に、私は言葉を投げかけた。

「今ね、スケッチブックにいろんな絵を描いてためてるの。
だけど、最後の一枚がどうしてもうめられなくてさ、何を描いたらいいかなって。」

たわいもないような会話が、なんだかとても心地よかった。
さらりと吹いた風は、太陽のにおい。
病室で、ひとりきりでかいだにおいとは、ちがう。
となりにかれがいて、ここが病室じゃなく、教室だってだけてわたしのこころはとくりとちいさくうずいた。

「うぅん…。オレ、絵ってあんまわかんねーんだけど…。
題材になりそーなの知ってるから、ちょっと帰り際によろう!
…今度、必ず見せてね?」

彼の言うのは、きっと私の絵の事なんだな。


そう考えて、腰掛けていた椅子からそっと立ち上がり、「もちろん!」と頷いた。



学校って、楽しい。
部活をやっている人なんて生まれてはじめて見た。
楽しい。
外は、こんなにも気持ち良い!

そう思って、にっこりとツナの後を追いかけた。

しばらくあるくと、なんだかたくさんの花が咲いているらしい花壇に出くわした。

「これ、これ。」

さらっと流れる花にみとれていると、ツナは微笑みながらある花を指差した。

「…こすもす……。」

「そう。今朝、獄寺君…あの不良っぽい人なんだけど、あの人とあるいてたら見つけたんだ。」

ちいさなちいさな、色とりどりのコスモスが咲き乱れている。

「…学校の花壇にコスモスがこんなに生えてるなんて、珍しいね?」

本当のことを知らないから、ちょっと自信なさげに聞くと、どうやら私の感覚は間違っていなかったらしい。

「たしかになー。
ちょっとめずらしいよね!」

日の光を浴びてか、私は少しくらくらした。
あぁ、違うかも。
彼がまぶしすぎたのかも。

揺れるコスモス。

夕焼けに、祝福を。








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