「…どうした、ソレ。」
「は?」
「下唇、大変なことになってる。」
がばりと机から上体を起こして、目の前にあるソノ赤く、黄色く、白いものを見据えた。
軟膏だろうか、白く覆われた箇所に隠しきれていないモノがちらつく。
おそらくその下には、直視出来ないような状態のものが隠されているのだろう。
「…見るなよ。」
「視界に入ってくんの。なんでこうなっちゃったの?」
「…ほら、あれだ。体育の授業でさ、柔道着でおもいっきり擦ったんだな。やけどみたいになって、水ぶくれができた。」
「水ぶくれができて、つぶして皮むいたんだろ。」
「…なんで?」
「かさぶたになってんの見ればわかるの。」
はぁぁと大きくため息をついて、空っぽの教室を見回した。
高校生の朝は意外とみんな遅くて、電車組なんかはすごく早く来たりもするんだけど、とにかく今現在教室にいるのは俺たちだけみたいだった。
昨日めずらしく寝てしまった日本史のノートをとるために、朝早くに登校した俺と、ついさっき目の前の席にがたりと座った、こいつだけ。
皆が来たらたぶんびっくりするだろうな、こいつのこんな顔。
(ぱっと見カプチーノの泡を拭い忘れたみたいだ。)
(どっちにしても、なんだか抜けて見えるから笑える、と同時に、すこし、ぞくりとする。)
「…ちょっと、グロいよな。」
「わかってるから言うな。」
「そんなんだと食べるとか大変じゃない?」
「飲むのも容易じゃない。まったく、不便なもんだな。」
「口開けてくれれば注いであげるけど。むしろこう、ちゅっと」
「不必要だ。」
(あらら、また切られちゃった。)
何度もこういう会話してきたけど、まったくかわしかたばっかり上手くなってくなぁ、なんて思って、笑った。
「あーなんかいますごくキスしたい。噛み付きたい。」
「ばっ、…かは、休み休み言え!」
(おっ。ちょっとゆらいだ!)
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