記憶


似ている、と思ったことは何度かあった。
ぼおっとしている時の顔に面影がある。特に目元が似ていると感じたし、癖の強い銀髪もつ後ろ姿に一瞬驚いたこともある。
性格は――はっきり言って似ていない。時おり見せる横柄な態度も、歯に衣着せぬ物言いも、真逆とっても差し支えないくらいだった。
だからこそ口には出さないでいたのだが、「お父様」と呼ぶのを聞いて腑に落ちてしまった。ただそれだけだった。

なつかれている、とも思う。
気がつけばそばにいるし、頼まなくても魔法での援護が入る。彼女の黒魔法は凄まじく、広範囲のイミテーションを一気に打ちのめすさまは圧巻だった。
その強烈な力が、時おり何かを彷彿させる。何だっただろうか。そうやって考えると、思い出すのが突然恐ろしくなる。失った記憶のとても深いところに、彼女のような黒魔導士がいるのかもしれないが――これ以上はあまり考えたくはない。
大方の敵を一掃すると、彼女は俺のほうを見て柔らかく笑う。かわいらしく目を細める表情を見ると、また何か、強い思いが脳裏をよぎる。それが何なのかはっきりしなくて、どうにもすっきりとしない。
彼女を見ていると、大切なことを忘れているように思う。もう随分、色々な記憶を取り戻していると思っていたのに。




「カイン?」

ふと聞こえた声に振り返ると、例の少女がすぐ後ろに立っていた。柔らかい笑顔ではなく、訝しげに眉をひそめている。

「また何か考えているのね」
「また?」
「カインはそうやって、ばかみたいにひとりでグズグズ考え込む悪い癖があるわ」
「酷い言いようだな」
「ほんとうのことだもの」

俺はそんなに考え込んでいただろうか。
ジェクトやユウナたちと別れてから、ずっと記憶を辿っていたが、それも数分のことだったと思う。シルビアからすると、会話がないことに不満なだけだったのかもしれないが、「悪い癖」と言われるとこれはもう性格なのだからどうしようもない。
そんなことより、と小さな少女は口調を強めた。俺の目線よりもずっと低いところから、緑の双眸が俺を捕らえる。こうなっては、もう目をそらせられない。

「しっかりしてよね。これからひずみに行くっていうのに」
「いつになくやる気だな」
「当たり前よ。どれだけイミテーションを倒せるか勝負してるんだもの」
「……そんなこと、誰とやるんだ」
「ジェクト!」

勝つつもりなのか。そう問いかけようとして言葉を飲み込む。
勝つつもりなのだ。この小さい魔導士は。
たとえ相手が豪傑なジェクトであろうと、父と仰ぐセシルであろうと、勝つつもりで勝負を挑む。勇ましいことに、爛々と輝く瞳がその意気込みを物語っている。彼女はそういう娘だった。

「ジェクトは手強いぞ。あいつが戦っているところをみたことがないのか」
「もちろん知ってるわ。だからカインにもしっかりしてって言ってるじゃない」
「は?」

なぜ俺が。聞き返す前に、彼女は意気揚々と答えた。

「援護、よろしくね」
「……それはルール違反じゃないのか」
「あら、ダメなんて一言も言ってなかったわ」

に、とシルビアは歯を見せて笑った。やはり目元が似ているが、作る表情はまったく異なるのだ。あの子はこんな風に笑わない。
――あの子?
――あの子とは誰だ?

「もう!またぼおっとしてる!」

腕を強く引かれたかと思うと、シルビアがまた怪訝そうな表情で俺を見ていた。
きっと大切なことなのに、どうして忘れてしまうのか。思い出さなければならないのに、どうしてこんなに苦しいのか。

「……シルビア」
「なあに」
「俺は大切なことを忘れてしまっている。お前や、祖国のこと以外にも――」
「ばかね、忘れちゃうってことはたいしたことじゃないのよ」

そんなはずはないが。
言い返そうとして飲み込んだ。彼女なりに元気づけているのだろう。こういうとき、彼女のからっとした性格には助けられる。
でも、とシルビアは続ける。それまでと変わらぬ口調と表情で、なんてこともないように、言った。

「カインは、あたしを知らないとおもうわ」




150213
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