血縁


バロン国の王女には黒魔法の才があった。
物心つく前から魔法に強い興味を示した少女は、幼い頃から魔道士団に入り浸り、魔導書を絵本代わりにしていたという。
初めて唱えた魔法は「ファイア」。拙い炎であったものの、自室のベッドを燃やし火事騒動を引き起こしたことは、今でこそ笑い話である。笑い話にするのは周りの侍女や兵士たちばかりで、国王と王妃は自由奔放な王女の姿に頭を悩ませているともいわれる。
対して、双子の弟である王子殿下は魔法の技量はそこそこに、父親直伝の剣の腕があった。彼の白魔法は未だ稚拙なものであったが、両親から受け継いだものでもある。聖騎士セシルと大白魔導士と謳われるローザの力を得たとあれば、彼の素質も推して知るべしというところだろう。
しかしながら、王女は両親の才を受け継がなかった。
このことに初めて気づいた王女は、城の中心で泣き喚き、怒鳴り散らし、果てには「わたしは二人の子どもじゃない」と不貞腐れる始末だった。どんなに慰めようが、所詮気休めである。少女は聞き入れなかった。
いよいよもって家出ならぬ城出をし兼ねないという頃、セシルが言った。

「シルビアは黒魔法が嫌い?」
「……白魔法がよかった」
「僕は、君の力はとても素敵だと思うよ。強くて、かっこいい」
「でもお父様とお母様とセオドアとはちがうわ。わたしだけちがうの」
「……父さんのお兄さんの話をしようか。君の伯父さんにあたる人だ」

月の民の話はまるでおとぎ話だった。
月から移住した祖父は、地球人の祖母との間に二人の子どもを残した。セシルと、幼い頃に生き別れた兄である。
悪い心を利用され戦乱を引き起こした彼は、セシルとは別の道を歩むことを選び、月へと渡った。そのため、セシル自身も兄のことをよく知るわけではない。
しかし、黒魔法に長けていたという親類はシルビアにとって何にも代えがたい存在だった。
以来、幼い王女はたびたび伯父のことを尋ねては父親を困らせていたという。




「伯父様!」

嬉々とした声が魔導船に反響する。
その場にいる全員が振り返り、声の主である少女を見た。シルビアの視線の先には、「伯父様」と呼ばれたその人がいる。黒衣を纏った巨体の男である。
はじめ意にも介さないでいた男だったが、まとわりつく少女を前に思わず眉を顰める。

「伯父様、ねえ、伯父様。どうして無視をするの」
「……私にあまり近づくな」
「何故?やっと会えたのに!」

彼にはシルビアの言うことが俄かには信じ難かった。自分に会いたがった者がいる。この小さく無垢な娘だ。誰かの敵討ちでも、恨みを言われるでもなく、純粋な願いであることをその瞳が告げている。
その場を離れようとする男に構わず、シルビアはぴったりとついて歩く。痺れを切らした男のほうがとうとう折れた。

「私は魔人……ゴルベーザだ。お前の国を、世界を破滅に導いたのだ」
「そんなの知っているわ!ゴルベーザで、月の民で、お父様のお兄様!でしょ?」
「……ああ」
「だったら、あたしの伯父様に変わりはないもの。ねえ、あたし伯父様に黒魔法を教わりたいわ」
「私から学ぶことなど──」

何もない。そう言おうとして、シルビアに遮られる。漆黒のマントをぎゅっと掴んでは、切なげに瞳を揺らす。

「そんな哀しいこと言わないで。あたしは伯父様と一緒に戦いたい。やっと会えたんだもの」

そう言われては、何も言い返すことができない。
困り果てたゴルベーザは「そうか」と呟くので精一杯なのだった。


20181224
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