魔法
とてつもない轟音とともにあたりは赤く染まり、熱を帯びた風が勢いよく吹き荒れるのを感じた。乱暴に放たれた炎に見えたが、狙いどおり、焼き付くされたのは先ほどまで対峙していた魔物たちである。無数に思えた魔物を一瞬にして消し去る力は、さすがと言うべきなのだろう。男が振り返ると、その魔力の根源である少女が満面の笑みを浮かべている。
――そういえば今夜は満月だった。
「プリンはぜんぶ、任せてくれればいいのに。黒魔法つかえないじゃない」
「でも、あの数を任せるわけにはいかないよ。剣だって、ぜんぜんきかないわけじゃないし」
「あら、ぜんぶ焼き払ってやったわ」
あっけらかんと言う少女に、セオドアはもう何も言うことはなかった。彼女の言うことは事実なのだから仕方ない。――が、すこし悔しい、といったところだろうか。
魔導士は白と黒にわかれる。白魔導士は回復や補助、黒魔導士は攻撃を主とするが、彼女は後者のようだった。
両親は共に白魔法を扱い、セオドアもその素質を受け継いでいる。魔法の素質というのは遺伝によるものなのか、魔法の魔の字も知らない男の知るところではなかったが、その姉はというと黒魔法に長けているのだった。
あの二人の娘で、どうして――とおもったものの、彼女は月の民の血筋を受け継いでいるのだから、なんら不思議ではない。そして、遠くない親戚に強力な黒魔導士がいるのだった。そもそも遺伝など関係ないのだとしても、少女の魔法を見るとその男がどうしても脳裏に浮かび、彼は表情を暗くした。
この世界を闇へと陥れ、彼のすべてを従えた、黒い甲冑の男――満月や新月などものともしないような、何もかも消し去る魔力は抗いがたいものだった。そんな力を秘めた少女が、にっこりと可愛らしく笑うのである。
「僕も、黒魔法が使えたらな」
セオドアが呟く。
「せめて、姉さんみたいに魔法に長けていたら。もっと白魔法を使いこなせたら、よかったのに」
「――魔法のことはわからんが、お前は」
「見習い騎士のくせに魔法なんて百年はやいわ。まずはまともに剣を振れるようになってから言うのね!」
騎士だろう、と続けようとしたところで割って入った少女の言葉にセオドアは項垂れる。そして、彼の「姉さんだって、もっと王女らしくあってほしい」という反論から静かな口論へと発展した。姉弟喧嘩はほかでやってほしいものだと項垂れるが、男の表情は一見変わりばえがなく、幼い二人が彼の心情に気づくことはない。
構わず歩を進めた男の側へ駆けつけたセオドアが遠慮がちに口を開いた。
「あ、あの、さっき言いかけたのって……僕が、なんですか…?」
「いや…」
拙い詠唱で白魔法をかけてくれた、親友の顔が脳裏に浮かんで、消えた。