否定


カインは、自分の心の闇と戦っているんだ。心の隙間から入り込まれて利用されてしまったときから、呪いのように縛られている。
けど、それは誰にでもある一面で、彼だけが特別なわけじゃないんだよ。
セオドア、シルビアだって、いつか自分の弱さと向き合わなければならないときが、きっとくる――

いつかのセシルの言葉を、シルビアは思い出していた。
いつか自分も、自分自身を否定することがあるのだろうか。それでも向き合うことができるのだろうか。否定し続けた自らの半身を受け入れるというのは、どういう気持ちなのだろう。
いずれ知ることだから、と語る親友との離別は、幼い彼女には理解しがたいものである。二人の子どもに優しく語りかけるセシルの瞳は、しかし、どこか哀しげに見えた。それが少女の脳裏にひどく焼きついていた。
セシルが決まって口にしていた「カインはきっと戻ってくる」という言葉どおり、ついにカイン・ハイウインドは帰ってきた。
まばゆい光に包まれ現れた姿は、旅人の装いでも、かつてバロンを象徴した竜騎士でもなかった。空色に輝く鎧はむしろ聖騎士を思わせる。
彼は、聖竜騎士となったのだ。




「あたしは謝らないわよ!」

竜騎士の帰還を祝福する傍ら、王女は悲痛の叫びを上げた。目の前に対峙するローザは哀しげな表情を隠せないまま、娘を見据える。

「お母様やシドをおいてったことも、城に残ったことも、自分の意思でやったことよ。あたしは自分の行動を後悔してない」
「シルビア、お母さんはそんなことを言いたいんじゃないの」
「じゃあ、なに?お父様ひとり置いて逃げるのが正解だった?それで結局、お母様はカインの半身に狙われたんじゃない。国を守る王妃が、自分の身すら守れてないじゃない!」
「……シルビア」
「あのまま逃げるくらいなら、お父様と一緒に戦って死んだほうがましだったのよ!」
「シルビア!」

ローザの右手が振り上げられ、シルビアは咄嗟に目をつぶる。しかし、衝撃はない。恐る恐る目を開けると、彼女の手首は大きな掌に優しく掴まれていた。

「……すまん」

掴んだカイン自身が驚いたように青い瞳を揺らした。「カイン」と唇だけを動かし、ローザは困惑した表情で彼を見つめる。私の手は、今、何をしようとしたのかと、訴えるように。
そっと手を放すと彼女の腕は力なく下ろされた。

「――ええい!親子ゲンカしとる場合か!後にせい!」

静まり返った城内にシドの一喝が響く。

「シルビア、気持ちはわかるが、まずはセシルの無事を確認するのが先だよ」

ギルバートはシルビアを優しく諭した。シルビアは王の間を見つめながら、じっと黙りこんでいる。
「父さん…」不安げに呟くセオドアに応えるように、カインは先導をきって歩み始めた。
十数年の時を経て戻った竜騎士の手で扉が開かれた。そこには当時のままの王の間があったが、玉座につく国王は昔のままとは言えないようである。
国王は微笑み、家族と友の帰還を喜んだ。

「よく帰ってきてくれた。セオドア、シルビア、ローザ、シド……」

彼の顔に冷たく貼りついた微笑は、見る者を戦慄させた。
セオドアとシルビアは動けずに、息を飲む。父親に名を呼ばれて恐怖を感じたことなど、これまでにあっただろうか。

「そしてカイン……!」

セシルはカインを正面に見据え、旧友の名を呼ぶ。そこには、かつての優しく憂いを帯びたセシルの面影は残されていなかった。




20161024
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