信頼
今、ローザは何と言っただろうか。
シルビアは自分の耳を疑った。だが、セオドアやシドやギルバートの表情を見て、決して聞き間違いではないことを知った。
「死にぞこないが……まだおめおめと生き恥をさらしていたか……!」
薄ら笑いを浮かべた竜騎士が男に槍を向けた。迎え撃つように構えられた曲刀の切っ先が光る。
加勢に入ろうとするセオドアを男がさえぎると、どちらからともなく動き出し、剣戟を振るった。
刃が合わさるたびに、高い音が城内に響く。
「カイン……!」
ローザの悲鳴は、どちらに向けたものだっただろう。
彼女は竜の鎧の持たない男を、カインと呼んだ。それは共に旅をしてきた二人にとって驚くべきことだったが、だからといって決して信じられないことではない。むしろ彼が信用に足る人物であることに安堵したのだった。
――しかし、それでは、目の前の竜騎士は?
ふいに鈍い音を立てて、男の曲刀が飛ばされた。左腕から血が滴り、片膝をつく男に再び槍の切っ先が向けられる。そして彼めがけて大きく振り上げられた。
「やめろ!」
叫び声とともに、竜騎士の周りを火花が散った。
咄嗟に男を庇うようにして、セオドアが剣を構えた。その後方では、シルビアが再び黒魔法を放とうとしている。
「それ以上やってみなさい。次は丸焦げにしてやるわよ!」
「フン、セシルが孕ませた双子か……おまえらが相手になるか?」
「カインやめて……!」
「ローザ、ちゃんと教育はしたか?おまえらはこの男が何者か知らんだろう。何をしたか知らんのだろう……それでも俺の邪魔をするのなら容赦はせんぞ……!」
男が止めようとして、さえぎられる。前に出たのはシルビアだった。
「知らないわよ!名前だって教えてくれないのよ!知るわけないじゃない!……でも、どこの誰だろうと構わないし、知ったこっちゃないわ。あたしは、あたしの信じるものを守る。ね、セオドア!」
「そうだ、僕だって信じたい。共に戦ってくれた彼も……カインさん、あなたも……!」
「……ガキどもが」
竜騎士の槍が、二人の子どもに向けられる。身構える二人を庇うように、男は口を開いた。
「――下がれローザ。セオドア、シルビアも、下がっていろ」
「でも!」
「だめよ、そんなケガ……!」
「……いいんだ。大丈夫」
そう言って向ける表情に二人は驚いた。これまでにないほど穏やかで優しく――その笑顔はどことなく切なさを孕んでいる。
何も言えず引き下がる二人を横目に、男はおもむろに立ち上がる。曲刀を握り直し、竜騎士の姿を真っ直ぐに見据えた。
「観念したようだな」
「ああ……次で最後だ」
「それは貴様の死だ…!」
言うが早いか、竜騎士は高く跳び上がった。数瞬遅れて地面を蹴り上げた男が、急降下する一撃を紙一重で避け、勢いよく薙ぎ払う。鈍い金属音。竜騎士は体勢を保てず、地面に叩きつけられる。遅れて、手放された槍が高い音を立てた。
「くそッ……貴様ァッ……!」
地面に這いつくばったまま、竜騎士は雄叫びを上げた。男は何も言わずに、歩み寄る。
「……これで、これで許されると思うな……殺す……貴様は、俺が、この手で殺す……!」
「……私は」
動けないでいる竜騎士のそばで立ち止まり、片膝をつく。そして、静かに言った。
「おまえを受け入れる」
半身を見据えた瞳が切なく揺れたように、シルビアには見えた。
20161007