怪我


白く華奢な足が鮮血に染まっている。いてて、と情けなく笑う少女をその場に座らせた。
白魔法を使える者のいない今は、応急処置で対応するしかない。とにかく血を止めなければ。
少し痛むぞと言って傷口を絞めると、シルビアは眉をしかめる。そして、非難するような目で訴えた。

「怒ってる?」

怒っていないと言ったら嘘になるが、戒めのためにわざと痛ませていると思われるのは心外だ。

「怒っていると思うのなら、軽率な行動は慎むことだ」

それだけ言うと、シルビアは俯いたまま、何も言い返さなかった。痛いところをつかれて拗ねてしまったらしい。その姿は年相応か、より幼く見えた。

あの場に居合わせたのは偶然だった。
セシルたちと行動しているとばかり思っていたシルビアが、まさか単独行動をしているとは。さらに、カオスの戦士と対峙しているなど夢にも思わなかった。
劣勢なのは明らかだった。相手はフリオニールと同じ世界から来たという、皇帝を名乗る魔導士。一筋縄ではいかない相手だと彼から聞いていた。
シルビアが跪いたその時、考えるより先に足が動いていた。このままでは彼女の命が危ない。勢いをつけ地面を蹴りあげ、皇帝目掛けて滑空する。
傷ひとつつけることすら叶わなかったが、皇帝の方から身を引いたのには正直助かった。怪我人を庇いながら戦うのは得意ではない。

傷口を覆う布が赤く染まっていく。素早く布を巻きつけ、流れ出る血液を止めた。
「終わったぞ」と、それだけを告げると、少し間をおいてから「ありがと」と小さな声で呟いた。ふだんは強情で勝ち気な娘だが、こうしているとまだまだ子どもだ。

「立てるか?念のため、白魔法を使える者にみてもらったほうがいい」

頷いたシルビアはおもむろに立ち上がり、おぼつかない足取りで進み始める。痛いのだろう。

「……先行ってていいよ」
「馬鹿。置いていけるわけがないだろう」
「だって」
「またカオスの戦士と相対したらどうする。俺がそんなに薄情に見えるか」
「カインって、ときどきすごい薄情よ」

そうなのか。決して情に厚いほうではないが、はっきり言われるとなんとなく哀しくもある。
そんな俺をよそに、シルビアは「冗談。冗談」と言って笑う。こういうところが、セシルそっくりなのだった。
一歩一歩、頼りなく歩を進めるシルビアに、いい加減痺れを切らし目の前に屈んだ。背後で「えっ」と声が上がる。目を丸くする様子が容易に浮かんだ。

「なに」
「乗れ。それではいつまで立っても合流できん」
「えっ、いいよ。やだ」
「ワガママ言ってる場合か」

強い口調で言ってもシルビアは渋った。ふだん強がってる手前、恥ずかしいのだろう。
しかし俺も決して気の長いほうではない。「早くしろ」と語気をより強めると、ついに観念したらしい。シルビアは渋々といった様子で背に凭れた。
中腰のまま長い槍を背後に回し、支えにする。しっかりと負ぶさっているのを確認して歩みを進めた。「鎧が堅くていたい」と非難の声が上がったが、聞こえないふりをした。

「カインが白魔法を使えたら良かったのに」
「訳のわからんことを。どちらかと言えばお前の分野じゃないのか」
「どうせあたしは黒魔法しか使えないもの」
「それだけ黒魔法に長けていれば十分だろう。竜騎士に魔法を使わせようとするな」
「どうかしら。そのうちカインだって使えるようになるわ」

お父様だって使えるんだから。そう言って耳元でクスクスと笑う。
ふざけたことをと思うが、彼女はよく途方もないことを言って困らせた。記憶があるのかと聞いても「なんとなく」と要領の得ないことばかり言うのだから信じろというほうが難しい。しかし、年頃の娘らしく笑う彼女を疑うことも同様なのだった。
竜騎士の背は相当に乗り心地が悪いらしい。背中から聞こえる小言を聞き流しながら、自軍の陣地へと向かった。

「せめてお姫さま抱っこよね」
「……お前がお姫さまというタマか」




20160617
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