戯れ
鼠がいる。煩わしいことに、こそこそと嗅ぎ回る鼠だ。
試しに罠を仕掛けると、ものの見事にかかりそこには魔力に縛られ動けずにいる小娘がいた。娘は私の姿を認めるやいなや、あからさまに敵意を向けて睨み付ける。こんな状況でも戦意を失わないというのはさすがは愚かなコスモスの戦士と言うべきか。怖いもの知らずと言えば聞こえは良いが、むしろただの命知らずと言えよう。
「コスモスの戦士がこんなところで何をしている?」
「あんたの知ったことじゃないわ」
「口の聞き方を知らぬようだな」
「敬う相手は選べって言われているの」
動けぬ身体でよく言えたものだ。
杖の先で顎を持ち上げると、睨み付ける双眸がより強く瞬く。力に屈しないという強い意思は、一度崩れると案外脆いもの。
「フフ……良い目をする。じきに絶望を知る目だ」
顎をあげたまま、娘は顔をしかめた。
「悪趣味。カオスの戦士ってみんなあんたみたいなの?叔父様も苦労なさるはずだわ」
「口を慎め小娘。そんなに死が恋しいか」
「その言葉、そっくりそのまま返してあげるわ!」
娘が大声を発したと思うと、突如閃光が走った。放たれた電撃によって捕らえていた力が均衡を失い、散っていった。結界を破ってなおも力を増す魔力に後ずさると、娘は口角を上げる。
「次にこうなるのは、あんたよ」
など、生意気に口走る。
放っておいても良いが、ちょうど退屈していたところだ。少し遊んでやるのも良かろう。
後ろに下がる私に合わせるように、娘は距離を取る。おそらく、魔法の射程距離を測っているのだろう。
「自由になれたところで、状況は変わらん」
「それはどうかしら!」
辺りの空気が一気に冷えた。【ブリザド】――いや、これは【ブリザガ】!
すかさず【ファイガ】で対抗する。拮抗した氷と炎とが打ち消しあい、爆発が起こった。辺りが粉塵と水蒸気に包まれ、視界が白く染まる。
ふと、予感が過る。姿は見えないが、あの娘のこと、きっと良からぬことを考えている。
その一瞬である。
ひゅっと風を切る音がして、頬を掠めた。――弓矢のようだ。
薄くなる白い膜の向こうで、娘が不敵に笑っていた。
「……どうやって私の位置が分かった?」
「位置?そんなの分かるわけないじゃない」
「ほう?」
「あたしね、弓の才能ないのよ。それなら、標的が見えても見えてなくても一緒じゃない?」
末おそろしい小娘だ。
「外しちゃったけど、その様子じゃ、結構惜しかったみたい?」
「……次は、目を瞑って射るべきだな」
「そうね……けど、次はないわ!」
間髪入れずに詠唱をはじめ、一体の空気を操る。風の流れが急速になり、意思を持ったように渦を巻いた。
【トルネド】には【トルネド】だ。純粋な魔力勝負をしようと言うらしい。面白い。
対抗して【トルネド】を唱えると、風の流れが変わる。しばらく拮抗していたように見えた力が間違いなく押され始めたことに気づき、娘は苦い表情を浮かべた。無意識か、少しずつ後ずさる。
ふふ、良いぞ。その位置には――
「いッ!?――」
あらかじめ仕掛けていた罠にかかり、魔力を封じられる。右足からは鮮血が噴き、娘はその場に倒れこんだ。
「はっ、……れは、っ畜生……!」
「魔法勝負などしていなければ、容易く気づけたであろうな」
整わない呼吸とは裏腹に見上げる瞳は静かに燃えている。まだ何か策があるというのか?まさか、もう魔力も限界のはずだ。
「一思いに眠らせてやろう。選べ。焼け死ぬか、切り刻まれて死ぬかだ」
「……どっちもごめんだわ。……っは、死ぬのは、あんたよ……!」
やはり何か企んでいる。しかしこれ以上遊んでやるつもりはない。
息を乱したままの小娘に向けて、杖を振り上げる。
と、突然日が陰るのを感じた。同時に感じる殺気。上か。見上げると、天上の太陽に重なる影。思わず身を翻す。衝撃が走った。
体勢を整えた影は、突き刺さった槍を抜き、尖端を向ける。
「……さしずめ、囚われの姫を護る騎士というところか?」
娘を護るように立ちはだかった相手は、竜を象った騎士であった。
20160508
トルネドの謎設定すいません