砂海


バロンから北方、東西に聳える山脈を越えた先に、ダムシアン砂漠は広がる。豊潤なバロン平原とは、質の違う魔物が跋扈する砂の海。そのちょうど中心部には、キャラバンの中継点にもなるオアシスがある。
ミストの断崖を越え、ダムシアン領に踏み入った一行は、オアシスの村カイポを目指した。
乾ききった大地を踏みしめるたびに、体力を奪われる感覚があった。砂地に足をとられ、思ったように闘えないことが苛立たしい。加えて、真上に昇る太陽は疲弊しきった身体に容赦なく照りつける。山を隔てるだけで、こんなにも環境が変わるものなのだと、少年たちを驚かせた。
ふいに、乾いた空気が冷えるのを感じた。男が顔を上げると、シルビアが目を細めてわらっている。

――【ブリザド】か。

余計な魔力を使うな。いつもなら、そう窘めるところだったが、少女にとって空気を冷やす程度の魔法など微々たるものである。頭に氷を乗せたセオドアが視界に入っては、男も口を閉ざすほかなかった。


*********


村へ到着するころには、西の空に太陽が大きく輝いていた。
子ども二人が熱で倒れることなくたどり着けたことに安堵する男の傍ら、当の二人は疲労の色を隠せないでいる。

「砂漠の旅は思った以上に体力を消耗する。まずは宿で体を休めよう」

男の言葉にセオドアはためらう。疲れてはいたが、日が沈むまでまだ時間がある。一刻もはやく、飛空艇の行方を追いたかった。

「……はい」

しかし、有無を言わせぬ男の口調に、結局彼は返答せざるを得ない。シルビアは――怪訝な表情でいたが――何も言わなかった。
宿に入るなり、シルビアは久々のベッドに感嘆の声をあげる。決して質のよいものではなかったが、硬い地面に寝慣れた彼らにとって、柔らかい布地は贅沢そのものだった。


*********


その晩のことである。

「じゃあ、姉さんは母さんをおいてきてしまったの」

異変が起きた日の話は、弟の言葉で止められた。シルビアはばつの悪い表情を浮かべて、口をつぐむ。しばらくして「だって、仕方ないじゃない」と小さく呟いた。
母親を見捨てたつもりはなかった。城に一人残る父親を助けたかったという、それだけの単純な動機がシルビアを動かした。それが両親の願いに反するとしてもだ。
そして、セオドアは彼女を責めるつもりはなかった。その場にいたのが自分だったら、同じ行動をとっていたのではないか。彼には姉の気持ちが痛いほどわかるのだ。それでも非難した言い方になってしまうのは、母親の行方がわからないということが、ただ悲しかったからだ。飛空艇技師のシドがついているというから大丈夫だと信じたいが、やはり心配の色を顕にしている。

「――それから、変な女が現れて、それからお父様も城もみんな変わってしまったの」
「へんな女……?」
「ええ、同じくらいの歳かしら。なんでかバハムートを連れていたけど、あれはリディアじゃなかったわ」
「バハムート?幻獣神の!?」

何も言わずにいた男の眉がわずかに動き、表情が陰るのを、二人が気づくことはなかった。
再び二つになった月。目に見えて増え、凶暴化する魔物。突然の襲撃と、静かに侵食されていくバロン。そして、幻獣神を連れた少女――不穏な空気が世界を包み込む。
2つの青い光を湛えた、砂漠の夜は静かに更けていった。




20151230
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