「…どこいったンだよ」

 ぽつりと呟いた声は誰にも届かずにそっと消えた。辺りを見れば誰もいなく、立ちすくんでいるのは自分一人だけ。何故。オレはあのシスコン野郎と買い出しに来て、それから…ああ、先に帰りやがったのか、アイツ。
 そこまで思考が回ると苛立ちが一気に頂点まで到達し、勢いに任せて近くのベンチを蹴り飛ばした。それは漫画みたいに吹っ飛ぶことも壊れることも無く、少しだけ揺れてまたすかした顔で立ち位置に戻る。なんだか今はそれすらムカついて、苛立ちが止まらない。

 「…帰ったらぜってェぶン殴る」

 そう呟いたら少し、ほんの少し落ち着いた気がする。そうだ、殴ってやればいい。オレを置いて帰ったこと、気絶するまで殴り倒して二度とオレを忘れないように────。
 そこまで考えて、ピタリと動きが止まった。…オレ、今何を考えた?殴るまではいい、なんで忘れないように、なんて考えてんだ。訳が分からない。自身でも理解できない思考に頭を抱えた。それは人から好かれた時と似たような感覚で、とにかく気持ちが悪い。ゆらりと揺れた体は地面に衝突することなく、先程蹴り飛ばしたベンチに座り込んだ。




 「…くそ、あいつどこにいるんだよ…」

 現在午後八時、昼間と違って誰もいない静けさを纏う時間。そんなところに傘をさして辺りを見渡す男が一人。シスコン野郎…基、リンはとある男を探して歩き回っていた。
 どうやらそいつは昼間の買い出しではぐれてそのまま帰ってきていないらしい。道理で帰ってからや夕食の時に見かけなかったわけだ。最初はまあどうでもいいだろうと放置していたのだが、夕食になっても帰ってこない事を心配したレイに問われ、探すことになったのだ。
 ああ、面倒だ。何故おれがあいつを探さなければならないのか。はぐれたのは互いの不注意として、帰ってこない事なんかあいつの気分次第だろう。…まあ、レイ曰く方向音痴だと言っていたから帰れないだけ、なのかもしれないが。きっと見つけたところで殴って暴言を吐くに違いない。
 はあ、とため息をついては憂鬱そうに眉を潜めた。…一体どこにいるのか。近場にいるならまだしも、遠くに行ってしまったのならもう検討すらつかない。生憎あいつのことは何もわからないのだから。まあ、今は雨が降っているからどこかで雨宿りしていそうだが。
 それとなく検討をつけてまた歩み始めようとすれば、小さなくしゃみ、らしきものが聞こえた。きっとどこかのやつがしたのだろう。普段ならきっとそう思うはずなのに、今はそれがあいつの居場所だと思えて仕方がない。その妙な自信と共に、それに引かれるように足早にその音のした方へ…公園内へと、足を踏み入れた。

 「…こんなとこで、何してんだよ」

 はあ、と二度目のため息。ベンチに座り込んだまま動かないあいつに近寄れば、持っていた傘を差し出す。既に何時間も雨に当たっていたのか、服はどこもかしこも濡れていて正直傘は必要なさげだが、流石に貸さない程おれも鬼ではない。
 ゆっくりと顔を上げたあいつの目とおれの視線が交わる。じとりと睨むような視線に、思わずふいと逸らした。負けた訳では無い、ただ、見れなかっただけ。なんてどうでもいいような言い訳を心の中で唱えれば、咳き込むふりをしてまた口を開く。

 「…ほら、もう帰るぞ。こんな遅い時間だからレイも心配して__」

 「ッせェよ!元はと言えばお前がオレを置いて行かなかった、ら__……」

 ぴた、とその場の時間が止まるような感覚。差し出した傘はあいつに弾かれて軽く横に投げ飛ばされた。それによっておれも雨に濡れているのだが、それに怒るよりも疑問の方が勝っていた。
 あいつは言ってしまった、なんて表情で口をおさえて、おれは訳もわからず立ち竦んでいて。しんと静まり返った公園に、ぽつぽつと雨の音だけが響く。

 「…し、んい」
 「うるせェ黙れシネ」
 「…それは照れ隠しなのか」
 「死ね!!!」

 いつものように暴言を吐いて殴ってくる。…のだが、その手には力が入っておらず、へにゃへにゃとおれの腹に当たってはゆるりと落ちた。それからまたあいつはベンチに座り込む。そうしたら今度はフードを被り直し、赤くなった顔を隠した。その行動が人間らしくて、いつもと違って、なぜだか変に心臓が高鳴った。
 変にあいつの顔が見れなくて、今口を開いたらまた憎まれ口を叩いてしまいそうで。何も言わないまま、その空気から逃げるように傘を拾って意味もなくくるりと回した。

 「……かえ、る」
 「…ん」

 ぽつり、先程より落ち着いた声がまた響いた。その言葉と同時にあいつが立ち上がれば、俺の持っていた傘の中に入って自分勝手に歩き出す。それに慌てることなく簡単に追いつけば、傘半分をあいつに傾ける。普段ならこんな事しないのに、なんてぼんやり考えながらじっと上からあいつを見つめた。
 おれの視線に気づいたのか、あいつは振り返っておれを見上げる。ばちりと視線が合えば明らかに嫌そうな顔をして「見てんじゃねェよ、殴ンぞ」なんて言ってまた前を向いた。
 …今ここで、引き止めでもしたら。あいつは振り返って、おれだけを視界に入れて、おれだけに言葉を発するのだろうか。…なんて、馬鹿げた思考にくすりと嘲笑を落とした。




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