青いGOサイン


( ! )学ぱろ同クラ(年齢操作)

「雨だね」
 靴箱からローファーを取り出すわたしの後ろで、こん、とスニーカーの踵を地面に打ちつけたのはメルトだ。昇降口のドアの外に目をやると、細い線を成して雨がアスファルトにしとしとと降っている。夏至も近づき日照時間が長いとはいえ、雨の日にはやはりどこか薄暗い雰囲気をまとった外のようにわたしは眉間を曇らせた。今日は朝、天気予報を確認するのを忘れたことを思い出す。
「あたし傘持ってないなあ」
 あーあ、とメルトは空色のリュックサックを背負いなおして昇降口の軒下へと出る。
「わたしも折り畳み傘しかないわね」
 わたくしはそう言って、スクールバックの中を少し、漁った。底にはこの頃眠ってばかりいた晴雨兼用の折り畳み傘があった。晴雨兼用とは言え、元は日傘なので強い雨には向かない。弱そうな雨で幸いだ。わたしはそれを取り出して、ほうと小さく息をつく。
「えー、じゃあ、相合傘しようよ」
 開けっ放しの昇降口の透明なドアの向こうで、メルトが笑った。相合傘。わたしも言おうと思っていた言葉だけれど、面と向かってさらりと言われると少しどぎまぎする言葉。わたくしはローファーにすべりこませる足の動きが一瞬鈍くなる。でも、わたしたちはただの友達だから。靴を履くために屈んだ拍子に耳からすべりおちたサイドの髪を耳にかけなおしてわたしは口角をあげる。この前メルトと一緒に遊びに行った先、学校用にと買った、薄づきのリップをつけた唇を。
「いいわよ」
「よおし、これで濡れないわね!」
「貴方のおうちまで送るわ」
「やったあ、ヴァレちゃんありがとう」
 と、鬱々としている曇天の下で小さくガッツポーズする彼女の姿はどこか眩しくて、微笑ましくて、わたしは思わずふふと笑みを零しながら昇降口のドアをこつこつと出た。
 メルトの左隣で、わたしは薄いピンクの傘を開いた。外側は白とのストライプだが、内側は日差しを遮るための黒い布がばっと目前に広がる。そういえばね、とメルトは呟いた。わたしはちらりと彼女の横顔を見ながら傘を差す。
「今日、降水確率90%だったの」
「見たの?天気予報」
「うん」
 軽くメルトは頷きながらわたしの差した傘の下に入る。それを見計らって、わたくしは右足を踏み出した。小雨とは言えどももういくつか水溜りはすっかり地面にできていて、地の表面を雨水が覆っている。いつもと違ってローファー特有のこつんと乾いた音はせず、ぽすんと間抜けな靴音がした。メルトもわたしに続けて雨の降る校舎の外へと踏み出した。わたしたちの伸ばした髪が絡まないか心配なほどに、わたしたちは肩をできるだけ寄せているのに、小さな折り畳み傘だからかやはりわたくしのブレザーの左肩にぽつぽつと斑点ができていく。
「傘持ってくればよかったじゃない」
 わたしはその左肩を厭わなかったが、いや、そちら側の肩は厭わなかったからこそか、思わずそう言ってしまう。
 わたくしのその言葉に、うーん、とメルトは間を置いた。近距離なので、前を向いて歩いているだけなのにメルトが自分の黒髪の毛先を指に巻きつけているのが視界に入る。あれは考え事をしているときのメルトの仕草。言い換えれば、授業で当てられたときにしている仕草ね。やがてメルトはするりと指から髪を離す。
「傘、あたしが持ってきたら0%だけど、持ってこなかったら10%くらいになるでしょう」
 わたしはその、メルトの搾り出したような言葉の意味がわからなかった。同時、ばしゃんと大きめの音を水溜りとたてて左横を車が通り過ぎたのもあり、いつもよりもう少しぎゅむりと眉を顰めた。
「何の確率が?」
「ヴァレちゃん、折り畳み傘は常備してるでしょう?でも、ヴァレちゃんが天気予報見ないで、しかも普通の傘忘れるなんてことは珍しいから、その確率は10%くらいかなと踏んで、そこに賭けたわけ。残りの90%はあたしがヴァレちゃんから折り畳みか普通のか、傘を借りるって可能性」
 次の交差点は、曲がるのだ。いつも真っ直ぐ行くけれど、曲がればメルトの家の方面。わたしは歩行者信号に足を止める。赤い人型のランプの横、青信号になるまでの時間をしめす赤い点々ランプがひとつ消えた。8個ランプがある中、あと3目盛分待たなければいけない。メルトもスニーカーを雨の降る地面にきゅいと言わせた。わたしはメルトの言うことがやっぱりよくわからなくて、もひとつ点々の赤いランプが消えるまで考えた。目盛があとランプ2つ分になって、わたしは息混じりに零す。
「ごめんなさい、やっぱり何のことだかよくわからないのだけれど」
 ぽつんとわたしの持つ傘の縁から雨垂れが一滴、左肩に落ちる。――あ、もうひとつ落ちた。赤信号の点々のランプもまたひとつ消える。残り、1つ。
「うーんと、ね」右横で、小さく声がした。わたくしはこの今日の帰り道で初めて、メルトの方に顔を向けた。メルトが瞬きをしたのが見えた。ぱちり、どこか濡れているような質感の上睫と下睫とが重なり合う。「ヴァレちゃんは、あたしがこんなこと言っても嬉しくないかもしれないけれどね」
 わたくしは唇をきゅ、と引き締めて、折り畳み傘の頼りない持ち手に掴まるようにそれを握りこむ。ぱらぱらぱらぱら、と雨粒がピンクの傘の上で弾ける音がよく聞こえた。またぱちりと瞬きをしたメルトに聞こえているかは、わからない。代わりに、メルトは血色のいい赤い唇を開いた。
「雨の日は、ヴァレちゃんと相合傘ができるか考えるのが楽しいの」
 その言葉に、わたしは思わず目を見開いた。手の力が、緩む。折り畳み傘がゆらついた。メルトが顔を上げる。狭い傘の下で、目線がばちんと合う。わたしは口を少しだけ開いた。息を吸うか吸わないか一瞬、悩んだ。何かが言いたかった。ずっと言いたいと思ってた、でもしまっておいた言葉を言いたかった。でも、メルトの方が早かった。
「あたし、ヴァレちゃんのこと――」
 すきなんだ。
 ぴこん、赤いランプが消えて、青い人型ランプが点灯した。濡れている地面はよく青緑の光を映した。ぴよ、ぴよぴよ、と歩行者信号が青になったことを示す機械音が流れ始めた。それはわたしへの、わたしたちへの、GOサイン。
「わたしも、すきなの」
 ざあ、と、雨の音が急に強くなった気がした。路面に映った青信号が、揺れている。

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