「───、あ」

 す、と伸びた手がそこに飾られていたピアスを手に取る。それは光に反射して色が変わるらしく、真っ黒に見えていたものは少しだけ赤黒く光って見えた。

 「なに、それ気に入った?」

 上からにまりと笑うような声が降りかかる。いつも通りうぜェヤツ…煙羅は予想してた通りにまにま笑ってた。うるせェ、って一発殴ってやりたかったけど我慢してやった。ここ、一応コイツの店だし。
 そう、オレが今まで眺めていたのはコイツの店。普段はぼったくりの店なんか当然見るわけもなく素通りしていたが、珍しくアクセなんか置いてるからつい目に止まったのだ。その中でも一際輝いて見えたのは先程からずっと手に持ったままのピアスだった。
 最近アクセなんか買えてなかったし、普通に気に入ったから欲しい。欲しい、のだが。市販の普通の店ならまだしも、胡散臭せェ煙羅の店だ。絶対高い。

 「……これ、幾ら」

 手持ちの金を思い出して考えるも、やっぱりほしいという欲には抗えなくて。ちらりと視線を上げて問いかけてみる。良くも悪くも商売上手のアイツは、んー…、と勿体ぶるように顎に手を置いた。いいから答えろよ。
 暫くしてぱっちり目を開いたアイツ、前のめりに足に肘をついてオレを見上げればやっと口を開く。

 「おまえがおれの条件飲んでくれるならタダでやってもいーよ」
 「、マジかよ」

 万は超えるのだろうか、そんな馬鹿みたいな発想を覆す発言に思わず目を見開く。交換条件は付くものの、好む物が金も払わずタダで貰えるのは正直嬉しい。

 「条件ってなンだよ、難しいことは無理だけどよ」
 「いやいや簡単だから大丈夫だって、──おれにさ、キスすれば良いだけだからさ」

 きゅ、と握りしめていたピアスがぽとりと机に落ちる。アイツは変わらず笑っていて、思わず殴りかかろうとした手を慌てて止めた。これで殴ったら今のナシ、とか言われそうだし。

 「なあどうする?無理なら金払ってもいいけど」

 視線を彷徨わせたまま黙り込んだオレを見て、更に煽るようにひょいと顔を覗き込まれる。落ち着けオレ、今は殴ンな。
 それに、オレらはそういう事ができない関係ではない。…逆にそういう事をするような関係であって。多分ずっと拒絶してるオレに何かさせたかったのだろう、金を表す動きをしているが期待するような目を向けている。

 「…別に、ンなもんで良いならしてやるよ」
 「お、マジ!?んじゃあ早速___…ッ」

 やった、そう言わんばかりの笑顔を見せたアイツが立ち上がる。と同時に、ぐいと襟元を掴んで此方側へと引っ張り込む。え、と目を丸くしたアイツに、ちう、と唇を重ねた。それからはもうオレは目を閉じたから、アイツの顔は分かんねェ。けど多分、いや絶対、驚いた顔してる。
 それがなんだかおかしくて、唇を離したあともう一度だけ唇を重ねてやった。

 「…え、エ、マジ…?シンイそういうことすぐできるヤツだっけ…」
 「出来ねェことねェし。 …このピアス欲しかったから、やっただけだッての」

 ええ、と困惑したように唇をおさえてオレを見つめてくる。けど耳は真っ赤に染まっていて。ばァか、隠せてねェよ。
 オレもオレで唇を拭う、振りをしてふいと顔を逸らした。ぜってェ見せたくねェし。
 その後はどちらとも口を開くことがなく、しんと何処か気まずい空気が漂う。居心地は悪くないけど、なんかむず痒い。そんな空気をぶち壊すように乱雑に机に落ちたピアスを取っては背を向ける。

 「条件守ったンだからいいだろ、これ貰ってくからな」

 ひらり、ピアスを取った手を振りながらそう言えば振り返ることなくその場を後にする。後ろからなんか言ってた気がするけど、今のオレがわざわざ聞ける訳もない。


 部屋を出て少しして、誰もいない廊下でずっと握っていた手を広げる。ピアスが入った袋は少しくしゃくしゃになっていて、ちょっとだけ丁寧に指で広げる。

 「…条件飲ンでまで欲しかった理由、……アイツぜってェ分かってねェな」

 近くの窓から差し込む光に当てて、きらりと輝いたそれを見つめる。それは変わらず輝きを放ち、黒に負けじと赤く光っていた。
 ぽつりと呟いた声はきっと誰にも届かない。届かなくていい、分かるのはオレだけでいい。
 一段と赤く光った紅色がじっとオレを見ているような気がして、それから視線を逸らすようにすぐにポケットに突っ込んだ。




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