やさしさの定理


 つきあってるのかつきあってないのかわからないけど両片思いではなく両思いな世界線だよ

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 セーターを着だした季節。すなわちそれは、2学期の期末テスト前期間。放課後の時間が始まってまだすぐなのに、もう東の端は青みが深くなっている。うなぞこが空を侵食してるみたいだ、とおれはシャーペンを動かす手をやめて考えてみた。根っからの文系の、おれの左で机に向かっている彼女――ミントはこの4階の図書室の窓からの空の景色を見てそう考えるのだろうか。おれは国語は、特に文学的作文においては壊滅的なほどセンスがないのでなんともいえない。そもそもミントの得意科目は文系の中でも国語じゃなくて、歴史だった。
 ほうとひと息ついて、ノートにちらばった消しカスを手で払う。数式の上をミミズみたいな消しカスがうねうねと転がってノートを這い出た。そのまま何気なく隣のミントに目をやると、広げたノートの上で何やらちいさな正方形の色紙を半分に折っていた。ノートではイコールで繋がっていくはずの数式が、与式を写してイコールをひとつ書いただけで途絶えている。尻切れトンボどころか目玉だけしかないトンボだ。テスト範囲の数学の勉強を教えろって言うから今日の放課後はミントに付き合ってやってるのに。ふたりでいて根も葉もない(いや、根はあるけれども)変な噂がたつリスクも犯して、だぞ、とおれは目をややきつく細める。
「何折ってンの」
 ぼそ、と皮肉をこめて呟いた。そんな声音にはお構いなしに、つつと彼女は爪の端で赤い折り紙にきっちりと折り目をつける。
「こーさまは何だとおもいますか〜〜?」
 先程折り目をつけた部分をぺらりと開きながらミントは言った。紙の裏の白い部分には何か書かれているようで、ちらりと文字のようなものが見えた。テスト前なのにのんきなやつだ、とおれは思う。図書室なので会話こそ小声だが、いつものミントの口調はここに健在。
 質問に質問で返されたので、おれは仕方なく自分の知っている折り紙細工を頭に並べた。あまり思いつかなくて、おれはシャーペンを一回転くる、と回す。脳内もくる、と回って何か出てこないかと思ったけど、そんなことは起こらない。適当にひとつ、おれは知ってる折り紙を挙げた。
「……鶴」
「ちがいます〜〜」
「じゃあ、犬」
「残念〜〜!生き物ではありません」
 残念、の言い方がちょっと鼻についたので、おれは鼻と目の周りを歪める。それを見て、えへと彼女は笑いながら紙を折りすすめる。それは生き物ではないらしい。おれの頭の中には鶴、蛙、兜、紫陽花くらいしか浮かんでいなかった。鶴と蛙は除外される。植物の可能性も残らせるなら「動物ではない」と言うべきなので、紫陽花ではないだろう。残るは兜。兜。兜と聞いて真っ先におれの頭に浮かぶのは子供の日に少年が新聞紙で作ったものを被っている様子。季節感ってなんだよ、とおれはセーターの袖をいじる。
「次で当てたらこれあげますよう〜〜!」
 ふふ、とわらって、彼女は折りかけの紙をひらひらとさせた。いらねえよ、とは言おうと思って眉根を寄せた。けど、ミントの折り紙の次の手順で、やっとだいたい想像がついてしまって、おれは口を噤む。これ、おれ、たぶん、幼稚園のときに母の日かなんかで折ったことあるな。
「……半分もう完成じゃん」
 おれはぼそりとこぼして、シャーペンを回す。親指で2回転ほどしたそれはかたんとノートに落ちて、転がった。無様なシャーペンからは目を反らして、おれは窓に目線をやる。外は暗くなりかけているので、自分の姿が窓に映っていて窓のおれの視線と自分のとがぶつかった。
「答えないんです?」
 ミントののんびりした声が聞こえる。おれは窓から目線を落とした。本をぎっしりとつめた、背の低い本棚が窓の下すぐにも並んでいた。彼女の方は振り向かない。ただ折り紙の手順を進める紙の音だけが聞こえる。
「――それ、欲しいみたいじゃねえか」
「……欲しくないんですね」
 突然ミントの声のトーンが下がって、おれはおもわずはっと隣のミントを見た。折り終えた折り紙を手の上でいじりながら、む、頬はとハムスターのようにふくらませてはいるものの、目は悲しげに睫が伏せられている。おれははあ、とため息をついた。
「……ハート、だろ」
「正解です!はい、プレゼントふぉーゆー」
 さきほどまでのあの顔が嘘だったかのように――いや、演技なのは知ってるけど、ぱっと顔を明るくさせてミントは折り紙をおれのノートの上にぽんと置く。
「それ、開いてみてください」
 うふふ、と口元を手のひらでかくしてミントは笑った。は?とは言ったけど、おれは言われたとおりにハートの折り紙をもとの紙へと戻してく。もしかしたら、開いた先に何か書いてたりするのか、なんて思ったり。何か、って、想像しておいて何なんだろう。――すき、とか?いや、おれ、自惚れるのも大概にしてほしい。
 要らぬことを考えているので、折り紙を戻す手も若干震えて、がさりと大きめの音をたてて最後の折り目を戻した。白い折り紙の裏に、ボールペンで書かれた文字の列。
『大問1のカッコ2からわかんないので教えてほしいのです〜〜!あ、これ、ちょっとどきどきしました?』
「どうです〜〜?口で言うんじゃつまんないと思ったんですけど、ハートの折り紙だとどきどきしました?」
 おれの左肩のすぐそばでミントがつぶやいた。にやにやしている。
「……は?」
 にやにやした唇がとけて落ちて何も食べれなくなればいい、と思った。ばかじゃねえの、とおれは折り目がついてごわごわになった折り紙をノートの下敷きにさせる。ちっともれた舌打ちは、静かな図書室内だとやけに響く。
 と、耳にかすかに吐息がかかる。全身の毛がぞくりとした。聞き取れるか聞き取れないかくらいの声でミントは囁いた。
「でも、みんと、ちゃんとこーさまのことすきですよう」
「……、」
「えへ」
「距離感がちけえんだよあんた」
 おれは右肘で彼女をぐいぐい向こうに押しやった。「あんたじゃなくてミントですよう」と言うが、おまえと呼ばなかっただけえらいと思ってほしい。はあとため息をついた。なんだかつきたりなかったので、もう一回大きめについた。もう一回ついてもよかったけど、おれはシャーペンを手に取って数学の問題集のページをぺらぺらとめくった。
「――で、どこの問題がわかんねえの」
「さすがこーさま!ちゃんと教えてくださるなんてやさしい〜〜」
 おれはいつだってあんたにはやさしいだろ、とか、言わないけど、きっと窓の外の夕日だけはやさしく空の雲を照らしていた。

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