Silver spoon wars
ふしぎなお茶会、きらめく銀の匙

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 ドアを蹴破るような乱暴なノックの音に思わず、眉をしかめる。時刻をみれば、午後11時を回る頃。ため息をつきながら、ドアを開ければ雨に打たれたのかずぶ濡れのまま、ドアの前に立ち尽くす後輩がいた。泣いているのか、少し肩を震わせる彼女にタオルを渡そうと家の中に戻ろうとすると、彼女は震える声で言葉を紡いだ。

「 ……昨日………人を、ころしたんです…… 」

 そう言った彼女はへらりといつもと変わらない笑顔を浮かべた。いや、浮かべようとしたと形容したほうが正しいだろうか。泣きそうに顔を歪めて、そのままずぶ濡れになった制服の裾をぎゅっと握りしめながら、話し始めた。

「 ……ころしたのは、……隣の席のゆなって子なんですけど……なんていうか、その、わたし、気に入られなかったみたいで、いじめ、られてて 」

「 昨日、……階段で、お兄ちゃんも、巻き込まれそうに、なって……やめてって、肩を突き飛ばしたんですけど、……打ち所が悪かったみたいで、…血を流してて…その、…わたし、そのまま逃げてきちゃったんです…… 」

 たどたどしく、説明する彼女は、いつもの感じはなく、夏なのに唇を震わせていた。手を震わせながら目を伏せる彼女の足元にはスポーツバックが一つ転がっていた。

「 もう、ここには居られないと、思うので………どっか遠い場所で死んできますね 」

 そう言ってにっこりと笑う彼女は軽くお辞儀をして、この場を去ろうとした。そんな彼女の手首を急いでつかみ、咄嗟に言葉を紡ぐ。

「 ならっ、俺も連れていって 」

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「 …荷物、本当にそれだけでよかったんですか? 」

 そう言って家を出る前に、不安そうな表情でこちらを見る彼女に小さく頷く。学生鞄の中に入っているのは、今あるありたっけな財産と、折り畳みナイフ、何に使うのか分からない携帯ゲーム。スマホは居場所が割れるだろうと考えて、あえてもってこなかった。要らないものは、全部二人で壊していけばいい。意味もなく毎日付けていた日記だって、小さい頃とった写真だって。

「 あんなもの、今となっちゃもう、要らない 」

 そんな事を考えながら、彼女の手を取って駅のホームに向かった。これは、君と僕の、いや、人殺しとダメ人間の、小さな、これといって世界が滅ぶ訳でもない、そんな旅だ。世界から逃げ出そうっていう、子供ながらの馬鹿げた考えかもしれない。でも、逃げ出してやるこの、狭い狭い世界から。


「 行こう、レイ。二人で、どっか誰もいない所で二人で死のう 」

 こんな、世界に価値なんてない。人殺しなんて、ネットの世界にもそこらへんにもうじゃうじゃ沸いている。ねぇ、君は何も悪くないよ。そんな言葉をかけてあげればよかったのだろうか。震えながら肩に寄りかかる彼女を見ながら、外の景色を眺めた。


  __ガタンゴトン、ガタン、ゴトン。規則的な電車の音も、俺にとっては毎日を無気力に生きる大人の一部にしか聞こえない。もしかしたら、隣の後輩も思っているかも知れないが、聞いたりはしない。

 …愛されたかった。ふとそんな呟きを聞いた気がして、ちらと隣を見た。疲れたのだろうか、目を閉じゆったりとした呼吸をしていた彼女。眠ったのだろうか、とすればあれは寝言か。愛されたかった。寝言にしては、余りにも。彼女の気持ちを勝手に想像してみれば、結局何も言えずにそっと彼女の手を包む。俺だって同じだ。誰かに愛されたことなどないし、これから生きて行っても無いだろう。そんな嫌気の差す共通点が、俺らを繋いでいるのだ。この握った手なんかより、ずっと強く。こんなもので繋がっていて、信じて良いのか。ただ、俺に分かるのは一つだけ。……始め恐ろしく震えていた彼女の手は、俺の手の中で静かに握り返していた。

 …、また電車が揺れた。二人で座っているとはいえ、成す術もなくもたれ掛かるコイツ。少しくらい嫌がったり、しないのだろうか。このままでは居たたまれないので、ちょっと視線を上げて電工掲示板を見る。次の駅で乗り換えれば、海に出られるらしい。 海。 神秘と闇に包まれたその場所は、もしかしたら。視線を戻せば、ばっちりと後輩と目が合った。お互いに少しそのままでいたが、やがて後輩…レイが口を開く。

  「 旅の最終点は、やっぱり海ですかねぇ… 」
  「 ……ここで降りるなら、もう立つぞ 」

 頷いたレイの手を珍しく俺が引き、駅のホームに出た。



「 とりあえずコンビニでも探しますかねぇ 」

 都会から離れて落ち着いたのだろうか。いつものように口許は隠しているが、少しだけ、微笑んだ彼女をみて小さく頷く。駅を降りてホームで小さくのびをする。そのまま二人で、相変わらず手を繋ぎながら歩く。手を離そうとすると、露骨に嫌な顔をするものだから、思わず笑みを溢しながらそっと握る。あっと小さな声をあげた彼女の方を見れば、小さなコンビニがあった。中を見れば人も少なく、従業員も一人しかいない。入ろうと目配せすれば小さく頷く彼女。繋いでた手を離し、各々必要なものを買う。

 ふっと雑誌コーナーに目を映せば、うちの高校の名前と、制服をきた少女の写真が。見出しを見れば『 何者かに突き飛ばされ、16歳の少女意識不明の重症 』と書かれていた。思わず眉を潜めながらその記事が書かれた雑誌を奥へと押しやる。

 悪いのは、彼女だけじゃない。そんな思いを吐き出しそうになりながら、レジへと向かい、会計を済ませ、再びとりとめめなく、海へと歩いてく。お金はないから、さっきまで乗っていた線路の上を二人で歩きながら。

「 なぁ、人間観察が趣味……なんだよな? 」

 そんな事を問いかけると不思議そうに首を傾げる彼女。えぇ、まぁと曖昧な返事をする彼女にずっと、幼い頃から思ってた綺麗事を尋ねる。

「 小さい頃、俺、凄いヒーローが好きだったんだ。……かっこよくて、優しくて、誰にでも好かれてて。もしそんな彼らがいたら、こんな汚く、汚れた俺たちも、救ってくれたのかな 」

 何を言ってるんだと自分でも思う。やっぱさっきのは気にするなと声をかけようと思い口を開くと、真っ直ぐに前を見つめながら、足元の線路のレールを蹴飛ばしつつ、少し眩しそうに太陽を睨みながら、彼女は言葉を紡ぐ。

「 そんな夢ならわたしも見たことはありますよ。……でも、まやかしだったんです。そんな夢を捨てて、現実をみたら、シアワセっていう四文字もなかったんです 」

 ずっと、前を向いていた彼女はくるりと振り返り、泣きそうな表情をこらえ、ぐっと唇を噛み締めながら、更に言葉を発する。その言葉は、殺した彼女に言ったのか、俺に言ったのか、自分自身に言ったのか。分からなかったけど。


「 ………っ、自分は何も悪くねぇと、誰もがきっと思ってる 」


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 それから、コンビニはあまりにも監視の目が多く、危険だということで離れることになった。聞き覚えさえもない地名に何が何処にあるかなど分かるものか。誰かに道も聞けないし、さ迷う内に寂しげな駄菓子屋に着いた。幸いと言うべきか当然と言うべきか、他に客もいなかった。お婆さんが一人いるだけ。お婆さんは眠っているし、そして俺らは、困っている。俺は静かにレジへと近付き、恐らく小銭が入っているであろう貯金箱を引っ掴んだ。すぐに彼女に小声で行くぞ!と囁き、音が出ないようにしっかりと持ちながら店を飛び出した。冷や汗に気が付きながらもばっと振り向くと、余りの硬貨の音に既に俺らの決死の判断の犯罪は明るみに出ていた。


  「 …はァ、っはぁ、はァッ…… 」

 俺は、俺達は一体何をしているのだ。俺のすぐ後ろを走っている彼女が、疲れによってかそれとも恐怖か、くしゃりと顔を歪めた。俺は左手で抱えた物を更に強く抱き抱え、右手を彼女に差し出した。少し躊躇う彼女に、もう一度ぐい、と手を伸ばす。乱暴だったかも知れない。が、彼女はおずおずと手を取ってくれた。またこの小さななにかで繋がる俺ら。いつまでも走れる気がした。

 と、目の前の看板に吸いつけられた視線、刹那止まった足に彼女が手を引っ張る。行かないのかと言いたげな瞳にこくりと頷き、しかし一応走りながら声だけは出した。

  「 ……あれ。海、 」
  「 あ、海… 」

 彼女も気がついたようだ。看板には【 → 海 】と記されていた。俺らはどちらからとも分からず頷き合い、道を曲がってやや遠くに見える砂浜と蒼へと、その一歩を踏み出した


 世話しなく泣く蝉の声に、飲み物もなくただ海まで砂浜を二人で歩く。ふと、隣にいた彼女はじっと俺の顔を覗きこむ。何かついてるだろうかと不審に思い、首をかしげるといつもみたく、口許を繋いでない方の手で覆い、目元を細める。

「 ゆーひぱいせん、眼鏡いつからしてないんですか〜? 」

 そう言われて初めて眼鏡がないことに気付いた。どこかで落としたのかもしれない。でもいいんだ、この旅はもうそろそろ終わる。それに要らないものは全部壊してきた。そんなもの今はもう、

「 今となっちゃどうでもいい___ですか?……あっ、その反応当たりですね?んふふっ、伊達に人間観察してる訳じゃないんですよ〜 」

 嬉しそうに目を細めながら口許を隠さず笑う彼女をみて、思わずこちらも笑みが零れる。彼女は手を離し、数歩先をゆき、両手を広げ振り替える。

「 あぶれ者の小さな逃避行の旅ももうそろそろ終わりですねぇ…… 」

「 ねぇ、『 悠陽先輩 』……、海まで追いかけっこしません?…勝った方の言うことを聞くっていう条件付きで……よーい、すたーと!! 」

 一瞬表情が翳りを見せたのは気のせいか。言い終わるや否や彼女は海の方へ走っていく。彼女を追いかけ海へ向かう俺の頭にはさっきの彼女の言葉も忘れかけていた。

 当たり前だか彼女の方が一足先に海についていた。二人して息を整えながら、顔を見合わせ笑う。どちらともなく、海水を掛け合い、馬鹿みたいにはしゃぐ。ふと、彼女の手が止まり、ぎゅっと固く結ばれた口元はそっと言葉を紡ぐ。

「 先輩が側にいたから、ここまで来れたんです。だから、っ、だから……っ、もういい、もういいんです、先輩は生きて、私のお願い 」


「 死ぬのも、苦しむのも、罪を背負うのも____私一人でじゅうぶんだもん 」


 一筋の涙を流しながら、彼女は俺の肩を突飛ばし首をどこに隠し持っていたのか、ナイフで切った。深く、笑顔を浮かべたまま。


 …止める間なんて無かった。さながら映画のワンシーンなその情景に、俺はどうするともせずにただ固まっていた。いや、今思い返せば止められたのかも知れない。そんなことは誰にも分かるものか。何も出来ずに、白昼夢に包まれ酔わされたような俺に分かることなど1つだけだ。気が付けば捕まっていたのも、質問攻めに遇ったのもどうでも良い。結局ごたごたの中で日常に帰されたことさえ。

  …俺は、心のどこかでレイに生きていて欲しいと願っていた。あわよくば自分で救いたいなんて思い上がった考えを持っていたのだろう。結果論、どうにも出来なかったが。

 日常に帰されたとはいえ、俺の日常に無くてはならない1ピースが抜けていた。煩い担任、どうでもいい友達、更にどうでもいいクラスメイト、そして彼奴が殺 したと言っていた彼女。心の中を探り合う醜い大人達、それは親も入っていたりして。そんな “ 日常 ” を駆け摺り回っても、隅々まで見渡しても、「 君 」だけが。彼女だけがどこにもいない。

 どんなに暑い日々に耐えようとも、過ぎ去っていく時を眺めようとも、彼奴が、レイだけが、 “ 日常 ” から抜け落ちていた。


 そしてあの出来事から数ヶ月後のもうそろそろ10月になる。あの出来事も日に日に学校内で噂されることもなくなり、『 レイ 』という一人の少女はまるでこの世界には存在しなかったようにこの世界は進んでいく。

 誰もいない屋上で彼女がよくしてた天体観測を一人でする。彼女はどんな星を見ていたのだろうか。なんて最近は考える。それにしても肌寒い季節だ。思わずくしゃみを溢す。その瞬間ふいに、あの六月の日、彼女がやって来た日。そして二人で旅をした日を思い出す。今でも目を閉じれば、あの声が、あの笑顔が、あの無邪気さが、ずっと頭のなかをいっぱいに満たしているんだ。
 



  ずっと、レイを探しているんだ。ずっと、この旅で君に言いたかったことがあるんだ。





「 レイ、きっと誰もなにも悪くない。レイはなにも悪くないよ、だから、もいいよ、投げ出してしまおう 」


 きっと、そういってほしかったんだ。あの時も、死ぬときだって。そうだろう、なぁ……。


 ほろりと涙が風によって流される。ふと流れる星の中に彼女が泣きながらあの笑顔を浮かべたのが見えた気がした。



きっと、何時までも俺は、あの夏が飽和している。



あの夏が飽和する
https://youtu.be/mKaRxty1j7g


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