Silver spoon wars
ふしぎなお茶会、きらめく銀の匙

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「 ゆうひセンパイ、 」
 俺を呼ぶ声に、ぱちり、顔をあげた。時刻は21時を回ろうとしている。
「 ゆうひセンパイ、これ、見てください 」
 リリィはそう言って、手に持ったゲーム機の画面をこちらに見せてきた。画面の中では、リリィにそっくりのアバターがかわいらしい見た目に似合わないゴツい鎧を着て、くるくる回ったり飛び跳ねたりしている。
「 …これは何だ 」
「 なにって、伝説の鎧ですよ!色々な街や洞窟を回ってボスを倒したりクエストをクリアして、そうすると特別なメダルがもらえて、たくさん集めて交換して____ 」
 リリィは足をばたばたと動かした。丸い瞳を見開いて、きらきらと輝かせる。リリィはベットの淵に座っているが、ベットの高さに対して身長が足りず、足をぶらぶらと浮かせていた。リリィは年の割には落ち着いている方だと思うが、時折年相応の仕草を見せる。それがかわいらしいのだ。
「 そうか、よかったな 」
 俺は素っ気ない返事をして、先程のように小説に視線を落とした。俺の反応が気に入らなかったのか、リリィは心なしかむすっとした表情で画面を見つめている。しばらくすると、「今日はもうおしまい」と独り言を言って、リリィはゲームの電源を落とし、自分の側にごろんと転がした。俺は本を閉じると、ゲーム機を手に取ってテレビ台の上に置いて、再びリリィのとなりに座る。いつものことだ。彼女は、物を置きっぱなしにする癖がある。リリィ何分かベットの上であくびをしたり爪いじりをしていたが、それにも飽きるとごろんとベットに仰向けになった。
 ____見間違いだろうか。仰向けになったリリィの手首に、何やら赤い跡のようなものが見えた気がした。思わず、リリィの顔をじっと見つめる。俺の視線に気づいたのか、リリィがこちらを向いて、ぱちぱちと瞬きを二回繰り返した。
「 わたしの顔、なにかついてますか? 食べかすとか 」
「 りりぃ 」
 リリィの手首を掴んでこちらに引き寄せる。リリィはきょとんとした顔で、ぱちりぱちり、今度はゆっくり、また二回瞬きを繰り返した。長袖の部屋着の袖を少しまくって手首を見ると____そこには、さくらんぼのマークがひとつ、刻まれていた。
「 これは___ 」「 ああ、このタトゥーシールのことですか 」
 納得のいったリリィが、俺の腕をやんわりと振りほどく。そして自分でもタトゥーシールを見つめて、にこにこと話しだした。

 これ、おやつの時間にあられちゃんにもらったんですよ。リリィ、そのときお腹いっぱいで、チョコのスコーンをいっこあられちゃんにあげたら、お礼にってポケットに入ってたのをくれて、そのときわたしもバックに入れたまま忘れてたんですけど、さっきおふろでた後見てみたらみつけて、試しに一個貼ってみたんです____あ、実はもう一枚同じ柄のがあるんですけど、ゆうひセンパイもつけますか?

 二人きりでいるときのリリィはよく喋る。普段あまり積極的に物を言わない分、一度喋り出すと止まらないのだろうか。リリィは勢いよく起き上がると、小走りでクローゼットのそばまで行き、扉を開け、中から小さな木の箱を取り出した。
「 ……本当に、いいのか 」
 特にリリィと話したことがあるわけではないが、その木箱がリリィにとって大切なものであることを、俺は知っている。親しい人からもらった手紙、俺が市場でリリィに買ったヘアピン、俺がホワイトデーにあげたお菓子の包装紙まで____この木箱は、リリィにとって宝石や金銀財宝と同等か、もしくはそれ以上の価値があるのだろう。そこに大切にしまっておくくらいだから、あられからタトゥーシールをもらったとき、リリィは本当に嬉しかったに違いない。そんなものを簡単に俺にあげるだなんて言って、後悔してしまわないだろうか。
「 別にいいですよ、ゆうひセンパイとお揃い、したいですから 」
 リリィはあっけらかんとした口調で答えると、木箱からタトゥーシールを取り出して、ティッシュ濡らしてしますね、と洗面所へ消えていった。俺はぼけっとしながらその背中を見つめていた。ドアの閉まるバタンという音が聞こえる。
 …その後、リリィは俺の手首にタトゥーシールをつけてくれた。慣れない手つきだったが、手首にはしっかりとさくらんぼのマークがついた。リリィは「お揃いですね」と満足げに言って、タトゥーシールをつけたまま俺達は眠りについた。とても幸せな夜だった。


___後日、図書館で調べたところによると、どうやらさくらんぼには「小さな恋人」という花言葉があるらしい。まるで君のことじゃないか。俺はしばらく、今はさくらんぼのタトゥーシールが消えてしまった手首を見つめていたが、やがて自分の口角が上がっていることに気がつくと、植物図鑑をそっと閉じた。




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