「ローテ、今日も頼んでいい?」

 甘ったるい香りと共に現れた彼を見て、きゅうと唇を結んだ。にっこりと笑っている彼はいつも通り畏まった服装をしている。それを見ただけで内容が分かってしまったボクはそっとメイク道具を取り出した。
 そう、リクがデートに行く時は必ずボクにメイクやらアレンジを頼んでくるのだ。他の誰でもない、ボクに。それが嬉しいようで、少し悲しい。

 「勿論いいよ、ボクがキミを美しくしてあげよう!」

 ボクの口は大嘘つきだ。心ではそんなこと思ってもないくせに、彼に嫌われないようにと必死で言葉が流れ出てくる。
 ありがとう、なんて言って先程ボクが座っていた席に座ると簡単に身体を預けた。

 「今日会う子ね、多分かわいい感じで来ると思うからそれに合わせて欲しいんだけど」

 彼がふと思い出すように呟く。聞きたくもなかったその言葉を無理やり飲み込むと、分かったと返事してメイクのベースとなるものを手に取った。それから彼の前に移動し、見えやすいようにとそっと顔に触れる。彼は無防備にも目を閉じた。
 __かわいい子。一体どんな子なのだろう、きっとボクよりも可憐でかわいくて、女の子らしい子。彼の頬に触れた手が震えた。ボクは何故、好きな人を応援するような真似を。

 「───ローテ?」

 反射的に、手を離した。拍子に机にもぶつかり、チークが音を立てて床に転がって少しだけ粉が舞う。それすら気付かないほど、彼の瞳から目が離せなかった。
 きっと今のボクは醜い顔をしている。彼はどこか心配そうな表情を浮かべているから。けれどそれだって、ボク以外にも見せる顔、だ。じわりと浮かんだ厭悪がぽつぽつと膨らんでいく。

 「な、んでもないよ、キミの顔は相変わらず綺麗でね…見とれてしまっただけ、さ」
 「あは、何それ。なんでもないなら良いけど……あ、ほらチーク落ちてた」

 苦し紛れの言葉にあっさり流れてふいと逸らされた視線に少し安心した。けれどボクの言葉には興味が無いのだとも思えてしまって、慌てて意識を逸らす。
 その視線の先で気付いたのだろう、先程落としてしまったチークが拾い上げられる。軽く壊れてないか確認すると、ふと蓋を開いた。暫く鏡を見つめたかと思うと、突如此方に向けられて思わず目を瞑る。

 「うん、やっぱりきみも綺麗なんじゃないかな」

 そろりと目を開けた先には、にっこりと微笑んでいる彼。その言葉に釣られて鏡を覗けば、いつものボクが映る。けれどそこに笑顔はない。もう一度彼を見た。じいっとボクを見つめて、笑っている。

 「──当たり前だろう、なんたってボクは誰よりも一番美しいのだから…!」

 その目はいつものボクを待っていた。彼のことを愛していないボクを。ぐう、と昇る想いに必死に蓋をするように、チークの蓋を閉めた。そしていつものように美しいボクの笑みを。それから、やっと彼は目を閉じて笑った。

 「あはは、ローテらしい」

 くすくすと喉を鳴らした彼はそのチークをボクに手渡す。ボクの想いを突き返すように、ボクには一切触れなかった。それが遠回しな返事のように思えてならなかった。じんと溢れそうな涙を堪え、メイクするから目を閉じて、なんて言って無理やり視界を閉ざした。彼は何も言わなかった。
 それが悲しくて悲しくて、堪えきれなかった涙が一度だけ流れ落ちる。今度こそと彼の顔に添えた手はまた震えている。けれど彼はもうボクを呼ばなかった。
 この先もう彼に触れられることは無いのだと、なんとなく、そう確信した。




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