「なあに、これ、ガラス?」
なんの色もない透明のそれを持ち上げ、そっと持ち上げて透けたその先を覗いてはそう問いかけた。あはは、ヴァレちゃんが歪んで見える。これの見た目はペンなんだけど、全部ガラスで作られてて少し重たい。だから聞いた。だって、あたし、こんなの見たことないんだもの。
それを問いかけた相手──ヴァレちゃんは、じっと見つめていた本から目を離してこちらを向く。ああ、そうそう、いつもそうやってこっちを向いてたら良いのに。いつの間にか笑みを浮かべていたのだろうか、ヴァレちゃんは不思議そうに眉を顰めながらあたしを見て、ガラスを見た。
「…ええ、そう。ガラスでできたペンよ」
ヴァレちゃんは静かに答えた。さもそれが正解であるかのように、調べることもなくそう答えた。へえ、ペンなんだ。すごいけど、インクが入ったら真っ黒になっちゃいそう。それは少し汚いかも。綺麗じゃないわ。なんて考えながらくるくるガラスを回して、光の当たり具合によってきらきらが変わるそれを眺めた。
「へえ」
「…インク、いれてみる?使っても構わないわよ」
ぱたん、と本を閉じて立ち上がった。閉じたけど、続きわかるのかな。…ああ、栞挟んでるや。と本から目を離して前を見れば、もう目の前にヴァレちゃんの姿が。うーん、今日も綺麗。このガラスペンとどっちが綺麗かな、なんて比べるように片目を閉じて、ガラスをヴァレちゃんの顔の横に持ってきて見比べる。
「ほら、インク。…何をしているの?」
「んー?」
何をしていたか、には答えずにぴょんと立ち上がる。だってきっと言ってしまったら顔を赤くして騒いじゃうと思うの。だから何も言わないで、まだ綺麗なままのガラスをヴァレちゃんの目の前に持ってくる。そうしたら、ぱちぱち瞬きしてる。猫ちゃんみたい。
「あたし、これはインクをいれない方がいいと思うの」
「それはどうして?」
「だってこれ、ガラスでしょう?ガラスは何にも混ざらないでそれだけで輝く方が綺麗なのよ」
あたしはそう思う。なんて、なんの根拠もない、あたしの考えなんだけれど。そう思うのよ、綺麗なものは綺麗で、ずっと残っていたらいいの。なにかわるいものが混ざっちゃったら綺麗じゃなくなるでしょう、ほら、たくさんの水に一滴の雫を落とすだけで全て色が変わって汚くなるのと同じ。
…なんて、さすがにそこまでは話さなかったけど。それでもあたしの思いは伝わらなかったのか、ヴァレちゃんはずっと首を傾げてる。思いは伝わらない、かあ、残念。とうとう顎に手を当てて考え込んでるヴァレちゃんに一歩踏み出して近付けば、俯いていた目はこちらに向いた。
「分かりにくかった?」
「…ええ、あまり」
「それでいいと思うよ、綺麗なものは毒されないまま」
にっこり、笑顔でそう告げたら今度は眉をひそめた。変な顔。一体何を言っているの、そう言いたげな表情で彼女は口を開く。
「……わたくしは、ガラスじゃないわ」
「そうね、貴方は人間よ。でもとっても綺麗なの、そこはガラスペンと一緒ね」
そう言ったら更に眉をひそめて、意味がわからないとでも言うように一歩後ろに下がった。その距離を詰めるように、ガラスペンを床に置いて、一歩一歩あの子に近づいた。
「…でもね、ヴァレちゃん」
「__…な、に」
そっと近づいて、さっきのガラスペンに触れるよりもやさしく、丁寧に頬を包んだ。
「貴方は汚されてもいいのよ、あたしだけに」
そういってキスをしたときのあの子の表情。それを見て、ああ、あたしやっぱりあの子が好きだって、そう思ったの。