Silver spoon wars
ふしぎなお茶会、きらめく銀の匙

TOP




「 おはよう、ヴァレちゃん 」
 屈託のない朝日が廊下に差し込み、視界の端できらきらの瞬いたのを感じる。わたくしは何冊かの本を抱えて歩いていた。目線の先にはエディブルフラワーの彼がいて、薄い笑みを浮かべている。
「ええ、おはよう」
 わたくしは抱えていた本をぎゅっと抱き直す。わたくしがブーツを履くと、彼との身長差は殆どなくなる。そもそも、彼の身長っていったい何糎なのかしら。前にさらっと言っていたのを聞いたことがあるような気がするけれど、こうして並んでみると実際にはそこまで無いような感じがする。カップルの理想の身長差は15糎__ってなにかの本で読んだけれど、わたくしたちの目線は、それよりももっと、近い。

 ふと音も立てないで、わたくしと彼の距離が縮まる。彼の指がわたくしの髪を掬うと、ぱらぱらと溢れてそのうちのいくつかが絡まった。突然、ひゅるひゅると廊下を風が吹き抜けて、きゅっと目を閉じた。彼のくちびるがわたくしの髪に確かめるように近づいて____すれすれで止まった。
「 ……ヴァレちゃん、香水変えた? 」
 彼の指からわたくしの髪の毛がぱらぱらと落ちる。「なんか、僕と同じ香りがするんだけど 」 にやり、彼は笑う。
「 いいえ、 」
 ふるふる、と首を振る。咄嗟に嘘をついた。言えない、同じ匂いがいいから同じ香水を買ったなんて。わたくしはふいっと目線を逸らす。逸らした目線の先では、今もなお朝日がきらきらと眩しい。
 そっか、と彼の口が動いたのが見えた。彼はわたくしの髪を何回か手櫛で梳くと、今度こそキスをした。しばらくしてまた、彼の指からわたくしの髪がぱらぱと落ちる。暗い色をしたわたくしの髪も、日に透ければ幾分か輝いて見える。
「 文字通り、匂わせってやつですか、ヴァレさん 」
 彼がからかうように言った。風で揺れる彼の毛先がやけにスローモーションに見えた。
 
 ぽん、とわたくしの頭を撫でると、彼は反対方向へ歩いて行った。わたくしは本を抱えなおす。彼の匂いはわたくしの匂いと混ざって、もうどちらのものかなんてわからない。振り向くと、彼もこちらを振り向いてるのが見えた。とん、と人差し指を口にあてている。くすりと笑って、わたくしは髪を耳にかけなおすけれど、すぐにぱらぱらと落ちる。でも、そんなことは気にしないまま、朝の廊下を歩き始めた。



TOP

×
- ナノ -