シンイが素直になった。いきなりなんだと思うだろうが聞いてくれ。いやマジで。
 事の発端はキッチンにあったアーモンドボールをつまんだことから始まったらしい。そのことは既に何人かはその事を知っているようで、面白がって近づいてる者もいるようだ。

 「ほんとに正直になったの? え〜超ウケる」
 「動画撮ンな殺すぞクソ女」
 「うわ怖」

 というふうに、散々弄られている様子。そのせいでかぐったりした雰囲気の彼奴は少し珍しく感じた。
 と、その途中でシンイと目が合ったのだが、露骨に避けられた。そのせいで彼女も俺に気づいたらしく、タピオカの…パァルがにまにまと意地悪い笑みを浮かべて俺の手を引いてくる。まあその時点でなんとなく察したが、変に断るのも怪しまれるだろう。そのままにした。

 「あ、シャロじゃん! ねえアンタも話してみたら? 超面白いよ」
 「後で覚えとけよクソ写真女…殺す…」

 殺気立った瞳はぎんとパァルを睨みつける。そんな彼女はきゃあこわーい、なんて棒読みにも程がある声で返答していた。メンタル強いな。
そんな彼女に抵抗する気力もないらしい、どこか諦めた瞳は変なこと言うなよ、と言いたそうにしていた。まあ別に話すこともなかったわけだし、と軽くいつものように声をかける。

 「お前さ、つまみ食いとかすんの辞めろよな。こういう事もあるんだしよ」

 椅子に座った彼奴に視線を合わせるようにしゃがみこむ。そのまま眉を下げて話しかければ、じいとシンイは俺を見つめた。

 「──気ィつける、ごめん」

 しん、と辺りが静まりかえる。俺は勿論、パァルもシンイも微動だにしない。だって、今、なんて言った?
 普段の彼奴を知ってる者なら腰を抜かすだろう、いつも暴言暴力しかしない彼奴が、たった一言謝罪をしたのだ。大袈裟に聞こえるかもしれないが、いやこれは結構ビビる。

 「……アンタ、ほんとにそれ思ったの…?」
 「お前じゃねェ、シャロに」
 「………」

 本人も相当焦っているのだろう、顔はぶわりと赤らんでいて汗もじとりと滲んでいる。いくら抑えたって勝手に喋ってしまう口は悔しそうに歪められていた。俺も相当動揺しているようだ、彼奴の頬をつうと流れた汗に気を取られてつい自身の手で拭った。

 「…シャロの手、冷たい。きもちい」

 ずくんと肩が震えた。行動までも素直にするのだろうか、ふと俺の手に触れたシンイはゆるりと目を細めてそう告げた。今までもこれからも見ることは無いであろうその姿には、と息が漏れる。すぐに正気に戻ったのか、手はすぐ離していたが気持ちいいのは本当らしく、手は振りほどかないまま。

 「え、アンタさあ…シャロのこと、実は好きなの?」
 「っおい何聞いてんだよ」

 ずうっと後ろで黙り込んでいたパァルが、やっと言葉を思い出したかのように口を開いた。それも中々な質問だが。その返答を聞くのがどこか怖くて、慌てて止めるように俺も口を挟んだがワンテンポ遅かったようだ。焦った表情を浮かべたシンイは考える間もなく、素直な気持ちを口にした。

 「───好き、大好き。 何してもオレと一緒に居てくれるシャロが、すき」

 とうとうシンイが嗚咽を漏らした。泣いてはいないものの、う、と言葉にならない声を発しては俯いてしまう。
 聞いた当人のパァルはやはり現代っ子だ、生の告白に口を両手で抑えて興奮したように目をぱちぱちさせている。俺も同じように目を丸くしては信じられない、と言いたげな表情を浮かべているだろう。だってそうだ、いつも悪態ばかりでなんとも言わないシンイが、まさか。
 は、と意識を取り戻したようにパァルが慌てて俺に「返事はしないのか」と問いかけてくる。いやあ、と濁すも逃がしてはくれないようで、ばしばし俺の背中を叩いてきた。結構いた…あっまてマジで痛い。

 「……二人になったら返事してやるから、ちょっと待ってろ」

 どんどん強さを増す彼女の手を止めながら、俯いたままのシンイに口を寄せた。そのまま彼奴にだけ聞こえるような声量で告げれば、シンイはびくりと肩を揺らして耳を抑える。その反応に目敏く気付いたパァルは何事!?とわあわあ騒いでいる。
 それには何も答えず、流しながら部屋の外に押し込もうとした時、ふとズボンを引かれる感覚に視線を下げた。

 「……待ってるから、はやくしろ、よ」

 ちらりと視線を上げ、どこか期待するような表情で告げられる。それからすぐに手は離されてふいと顔を背けられた。俺はそれに返答することはなく、また騒ぎ立てるパァルの背をぐいと押し返すことに専念した。
 早くしなければ、返事も何も出来ないだろう。先程の彼奴の顔を思い浮かべては、高まる心音に蓋をするように部屋の扉を閉め切った。

 その反動で数日暴言暴力が激しくなったものの、彼奴がオレの傍を離れなくなるのはまた先の話だ。




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