かわいくありたい


※ ひなぱる、めるヴぁれ前提のぱる+めるです

---

 荷物をちゃんと持って、雛伊さまとのおデートに出かける前のトイレに行って、手を洗ってるときに気づいた。今日、あたし、リップしてない。やばい。何も乗せてない自分の唇はなんだかものたりない。肌色をちょっと濃くしただけ、みたいな。地味。何やってんの、パァル。あんなにアイメイクうまくいったからって唇のこと忘れてんじゃないわよ、とあたしは慌てて小ぶりのかわいいリュックの中のポーチを探る。あった。その中からお気に入りの、ちょっと濃いめのピンクのリップを取り出して、きゅ、とあたし、唇の真ん中にちょっと口紅をひいた。上唇と下唇をくっつけて、ぱ、とすると、鏡の自分もぱ、と口を開ける。あ、いいグラデーションになってる。指でぽんぽんと唇をたたいて、リップを塗ったところと塗っていないところをぼかした。あとは縁にクリアグロスを塗れば、つやっとしたグラデのリップになる、はず。
 そう思って口紅をポーチになおし、かわりにグロスを手にしたところ、洗面所にメルトが入ってきた。いつもの黒いワンピースに、よそゆきっぽいもこもこのアウターを羽織っている。
「あ、パァルちゃんだ」
「おはよー」
 おはよ、と彼女は返してくれた。あたしがくるくるとグロスの蓋を開けるのを見ると、メルトはトイレに行かずなーにしてんの、というふうにこちらに寄ってきた。
「パァルちゃん、自分の部屋じゃなくてトイレの洗面所を占領してのメイクはご法度だよう」
「だって、おデートなのにリップ忘れてたんだもん、ばかみたいな話だけどさ」
「まああたしも口紅引きにきたんだけどね!忘れちゃってたの、デートなのに」
 まじ、と思わず失笑が漏れる。ふたりしてデート前にリップメイクを忘れるとかあるの?やば。グロスはみ出るとこだったじゃん!
 メルトがあたしのメイクポーチを見たいと言うのでいいよ、と返事しながらグロスの最後のひと塗り。よし、完璧。鏡の中の自分の唇は真ん中あたりからじんわりと広がる赤みと透明感のあるつやめきをしている。
「あ、これ、かわいい」
 と、ポーチの中を漁った末メルトが取り出したのは、先ほどあたしが使った濃いめのピンクのリップ。
「それ、お気に入りなんだよね」
「今日もそれ?」
「うん。発色がやばい」
「ほへえ」
「メルト、ピンク系のリップとかつけるの?」
「つけたことないかも、赤だけかな」
「あたし、逆に赤系はあんまりつけないや」
「なんで?」
「雛伊さまの横に立つなら、赤よりピンクの方が派手じゃなくてやわらかいし、そっちがいいかなあって」
「あたしはヴァレちゃんっぽい色だなーと思って赤がすき」
「なるほどねー」
「って、そのリップを塗るのを忘れてたんじゃ意味がないんだけれどね!」
 思い出したように笑って、メルトはあたしのピンクのリップをメイクポーチに返し、その後ポケットから赤いリップを取り出してきゅきゅ、と唇に口紅を塗った。メルトの唇が赤く色づく様子をあたしは見ながら、手にずっと持っていたことを忘れていたグロスをメイクポーチに戻して、そのメイクポーチもリュックにしまった。
 よし、とメルトが小さく呟いた。「じゃあ行かないと、間に合わなかったらヴァレちゃんに怒られちゃう」
「あたしも行かないとだ」あたしはリュックを背負う。「雛伊さまのことだから絶対に約束の時間前には玄関にいる、待たせちゃうかも」
「まあでも、すきなひとの隣くらいかわいく歩きたいからしょうがないわよ」
 メルトはに、と笑った。ぽてっとした赤い唇の端が上がる。
「そうだね、おデートだもん」
 あたしもに、と笑った。メルトとヴァレーニエのデート、うまく行きますように。そう願いながら、あたしはメルトの後に続いて洗面所を出たのであった。

TOP

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -