Silver spoon wars
ふしぎなお茶会、きらめく銀の匙
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油性ペンの独特な香りに顔をしかめる。書いた文字が潰れていく。次第に、インクが薄いコピー用紙に裏移りしたのを感じる。 ことの発端は些細なことだった。お茶会の準備をふたりでしていたときに、喧嘩をした。その時に、わたくしがいつもよりきつく当たってしまった。それだけだった。夜になって、仲直りをしようと彼女の好きなガトーショコラを持って彼女の部屋に来たら、もうそこに彼女の姿はなかった。お茶会のことだけが原因なのかはわからない。テーブルには知らない国の住所が書かれた紙が置いてあっただけで、彼女の私物はほとんど消えている。わたくしの頭は真っ白になって、その場にへたり込むことしかできない。 かくして、わたくしは此処で彼女に手紙を書くことになった。……なったのだけれど、探しても探しても鉛筆やボールペンの類は見つからない。残っていたのは裏紙のようなコピー用紙が数十枚と、この油性ペンだけだった。本来なら自分の部屋で書けばいい。でも、そうすると彼女との日々が思い出になってしまう気がした。まだ部屋に残っている僅かな彼女の残り香を無駄にしたくはなかった。無駄にしたくは、なかったのだ。 そんなことをしているうちにコピー用紙は最後の一枚になった。油性ペンのインクはだんだん掠れていく。この油性ペンの寿命は、近い。わたくしは掠れた文字で短く言葉を紡いだ。紙とペン先が擦れる音に心がきゅっとする。この部屋の匂いが、書き換えられていく。彼女の残り香は夜の闇に溶けていった。世界が、彼女の一部になってゆく。 『 愛していました 』 ×
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