Hello, Goodbye


 出会いと別れはセット、だ。別れのない出会いはない。別れが出会いのときもある。
 とは言え、この胸と頭がからっぽな空虚感で満たされているはずなのにすごく重たいこの感覚は、たぶんおれがリクを思い出せなくなるまで消えない。リクは今日、館を去る。みんなでの送別会は昨日やった。あと5駅この電車が動けば、リクはそこから新幹線へ乗り換える。おれはその駅でリクを乗せた新幹線が発車するまでしかリクを見送れない。
「なあ」
と声をかけると、ん?とリクは向かいの窓の外を流れる景色を見ていた顔をこちらに向けた。
「なに」
「別れの曲に、何か聞こう」
 そう言っておれはリクの右耳にイヤホンの片割れをねじこんだ。「うわ」と目をぱちぱちさせながらも、リクは自分でイヤホンを耳に入れ直してくれた。イヤホンジャックはおれのスマホに刺さっている。おれは左耳にもう一方のイヤホンを押し込みながら音楽アプリを起動させた。
「何かって、何」
「リクが決めて」
 おれはスマホを彼に手渡した。リクが曲を選んでいる間、おれは車窓の外を見ていた。館周辺と同じような、田畑のちらほら見える長閑な郊外の街の高架上を電車は走っている。空は嫌になるくらいすっきりと晴れていた。列車はごうと音を立てて橋を渡った。下には大きな川が流れている。家や低いビルなどの建物がぎうぎうと詰まった対岸まで電車が渡りきると同時、左耳のイヤホンから軽快なメロディが流れ出した。
「ハロー・グッドバイにしたよ」
 はい、とリクはおれの手にスマホを返した。

   I don’t know why you say "Goodbye", I say, "Hello"

 おれはぎ、とセーラーの上から羽織ったパーカーの裾を握った。はあ、と息が漏れた。
「ココ、泣くのはやいって」
 おれは驚いて顔をあげた。リクはちょっと困ったように笑っておれの肩を叩いた。ごうっと列車が音を立てて地下に入った。真っ黒くなった窓に、涙を流しているおれと大きな荷物を抱えたリクが同じイヤホンでハロー・グッドバイを聞いているのが映っていた。おれはそっと目のふちに人差し指を当てた。指にうまくのった水滴がきら、と車内の電灯にかがやいた。

   I don’t know why you say "Goodbye", I say, "Hello, hello, hello"

『まもなく――、――に到着します。お出口は左側です』
 電車はゆるやかに減速する。あと4駅、だ。

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 歌詞引用:『Hello, Goodbye』(Lennon-McCartney)

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