供養






 / 消えないかさぶた みんぱるみん


  「…ぱぁさまのそれ、もうずっと、消えないのですか」
 珍しくミントが、語尾を伸ばすことなく問いかけた。それにちょっと驚いて、あたしは視線だけを彼女に向ける。それは何とも重なることはなく、すぐに手元に向けたけど。
  「まあ、完全には消えないんじゃない。ここまでずるっといっちゃうと、ね」
 それからじとりと睨んだのは、あたしの左腕。そこには手首から肘までかけて大きく包帯が巻かれていた。その中は見えないが、じんわりと包帯に、血やらよく分からない液体が薄ら滲んでいる。
 ぐに、と、なんとなく押してみた。そうしたら即座に腕を抑え、じんじんと広がる痛みに耐える。ああ、押さなきゃ良かった。なんて言いたげな表情で、だらんと手を下ろした。だって、なんかほら、よくあるじゃん。押しちゃダメだけど、なんだか押したくなるような…そう、アレ。
 心の中でそう言い訳をしていれば、いつの間にか顔を上げていたミントに名を呼ばれた。その声はどことなく震えていて。今度は顔ごとそちらを向けば、ミントに笑顔はなく、唇をかみ締め、何かを堪えるような表情だった。
  「みんと、みんと……ぱぁさまに、どうしたらいいのでしょう」
 とうとう、ぐす、と鼻を鳴らした。それ程までに気に病んでいたようだ、一度流れた涙は止まらず、ぽたぽたとみんとの白衣に落ちて染み込んだ。
 別に、死に至るものではないのに。たかだかぶつかって、転けて擦りむいただけというのに。きっと、ミント自身が治せないから一生残ると思っているのだろう。こんな傷如きで痕になるのなら、もうあたしの体は傷だらけだ。それを想像して、ふ、とあたしは笑みを零した。それを不思議がるように、ミントが顔を上げた。
  「ミントってほんとバカ、別に気にしなくていいのに」
  「っそんなの、気にするに決まってるじゃないですかあ…!!ぱぁさまに傷ついてほしくなかった、のに…うう〜〜…」
 あたしの笑みで我慢効かなくなったのだろう、またぶわりと涙をうかべては


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 / シャロシン


俺はきっと、何か勘違いをしていたのだ。
この館ではもう誰も俺の邪魔をしないと。
俺の好きなように息を吸って、吐いて、飯を食って、風呂に入って、会話をして、誰かを愛して。
それが死ぬ迄続くんだと、そう思っていたんだ。



  「シンイ、お前また喧嘩したのか」

 名を呼ばれた彼奴は振り返ることなく先へと進む。それに怒ることも引き止めることもなく、同じように歩みを進めて隣に並ぶ。目線右下方向にいる彼奴の顔は青痣や血が色濃く滲んでいる。
 左唇の辺りに出来た青痣は特に酷い。しっかりとそこに残っていて、一週間では到底消えそうにない。それがどうしても気になって、すいと指をその痣に滑らせた。彼奴はそれを避けず、ただ眉を顰めた。きっと痛みが酷いのだろう。顔だけでなく、腹や腕、恐らく足も傷が複数あるはず。全身くまなく激痛が走っているはずなのにそれを物ともしない顔で歩いているのは慣れだろうか、逆に感心すら覚えるほどだ。何かの柄のように広がる傷に次々と指でなぞれば、流石の彼奴からも声が上がる。

  「触ンな」
  「俺が治療しなきゃミントにやられんぞ」
  「そンときゃ逃げるし」
  「無理だな、彼奴はやべーぞ。血の匂いでも嗅ぎつけてやってくるからな」

 普段の声量とは違い、ぽつぽつと雨音のような会話が流れていく。最初はあまり慣れなかったが、こっちの方が話しやすいと気付けば慣れるのは一瞬だった。
 そしてその傷を癒すのも俺の毎度のお勤めだ。きっかけはなんだったか、恐らくミントよりも早く俺がこの姿を見つけたから、だったろうか。普段ならば館内のナースであるミントが治すのだが、彼女の治療は馬鹿にならないほど痛い。なんなら怪我をした時よりも痛い。そのせいで日々叫ぶ声が聞こえるのは日常茶飯事だったが、最近になって増えた叫び声に気付いたのだ。
 あれは聞いたことがある声、どこか、つい最近も聞いたことがある。…と、そこでゲーム対戦で負けた時に叫ぶ彼奴の声を思い出した。そうだあの声だ。思い出せたあのスッキリした気持ちと共に、何故彼奴が最近になって治療を受けることが多いのか気になっていたのだ。そうして暇がある時に彼奴を観察していれば、毎週火曜は必ず外出をしていた。流石に外まではついていかなかったが、その日に彼奴の叫び声が聞こえるのは確かだった。
 そこで治療前はどうなっているのか、また気になった俺が玄関で待ち伏せ、俺が治療をすると漕ぎ着けたのだった。いやあこれも思い出せてスッキリだな。

  「…気持ち悪ィ顔してンじゃねェよ、殺すぞ」
  「あ?…あー悪ぃ鍵開けてなかったな」

 やけにスッキリとした表情の俺が気に食わなかったのだろう、痛むはずの体を動かしては俺の足を蹴った。一体どこにそんな気力があるのだろう。底なしのスタミナに関心を向けつつも、目前にある部屋が俺の部屋だと気付けばごそごそポケットを漁る。右にはない、じゃあ左、ない。じゃあ胸ポケットか、……ない。あ?失くした?
 久々に焦りを含んだ汗が滲む。えっこれやばいか?と慌てて身体中を探るも一向に目的のものは見つからない。やべーやべー。そう焦るのはお嬢に煙草の吸殻を見られた時ぐらいだったのに。察しの良いお嬢は俺が吸っているのだと即座に理解していたが、


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 / ルピシン


「シーンイちゃん、あーそびーましょ」

喉許に触れる手より先に、染みつくようにあの声が耳奥で響いた。声色はウザったらしいほど底抜けに明るくて楽しげなのに、オレには蛇が巻きついたようにしか聞こえない。

「お前の遊びは遊びじゃねェ」

ぎち、と締まった腕に爪を立てる。こんなにも柔らかな攻撃はお前以外にしたことがない。のに、アイツはそれにも気付かずに少し力を緩めた。オレは素直に動いた腕にどうしようかと迷った後、強く刺さっていた爪を引き抜いて傷を塞ぐように手を当てた。こんなもので治るとも思わないし、これで許して貰えるとも思わない。きっと、オレがそうしたい、だけ。


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 / リルシン


「 っ、し、シンイくん 」

 びく、と肩を揺らしてあからさま怯えた様子で名前を呼んだ。言わなかったら気付かれないだろうに、なぜか反射的に言ってしまって。それに気づいたシンイくんは、ちらりとこちらを見て___、嫌そうに目を細めれば、ふいと背を向けた。
 いつもなら何かと因縁つけて殴ってくるというのに、今日は何もない。それが普通で当たり前のことなのに、なんだか気になって仕方ない。…いや、殴られたいとかじゃないんだけど。とにかくどこか変に感じ、追いかけて彼の手を取った。

  「 …し、シンイくん、あの 」
  「 離せ、そのままシネ 」

 やっぱり通常通りかも。おれの言葉を渡ったとと思ったらいつものように暴言が飛び出した。なんだ、と思って手を離そうとして…少し、疑問が残った。離せ、なんて言われたけど向こうから離すような素振りはない。そんなに力も入れていないのに。
 なにかいつもと違う彼の振る舞いに違和感を感じ、風邪でも引いたのかと思って少し眉を下げた。うわあ、触っちゃったけど移ってたらどうしよう。なんて、心配なんかすることも無く自身の不安を表に出せばまた口を開く。

  「 …あの、さ、風邪引いてるなら大人しく寝てた方がいいよ……、シンイ、くん? 」
  「 っ、くそ、見ンな 」

 くい、と引っ張ってこちらを向かせた。大人しい今なら聞いてくれるかと思い、少しだけ柔らかな声色でそう諭せば彼は押し黙ったまま。聞いてるのかな、と少しだけ苛立ちを覚えれば腕を掴む手に力を入れた。それが痛かったのだろう、思わず顔を上げた彼を見て、ぴたりと動きが止まった。
 顔を真っ赤に染め上げ、ゆるく潤んだ瞳で睨みつけていたのだ。それは初めて見る表情で、どくんと心臓が大きく音を立てる。

  「 くそ、くそ、なンだよ… 」


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 / みんぱるしく


  「さあ、合言葉を言うのですよう!」

 大きな両開きドアを開けた先、緑が一面に広がる庭を背景に両手を広げた少女は高らかにそう叫んだ。ああ、まだやってたんだ。そう思うと同時に、はあ、と息をつく。
 それに反して隣の彼はきょとんと目を丸くしていて。それもそうだろう、扉を開けた先でいきなり「合言葉を言え!」なんて言われてんだから。

  「ええ、と…合言葉、って何の話かなあ」
  「しーさまじゃなくてぱぁさまに言ってるんですよう〜〜!」

 ぷう、と頬を膨らませた少女__ミントがあたしの方に向き直る。どうやら目的はあたし、の様子。だって彼は合言葉なんて知らないし。

 合言葉、なんてものを言い出すようになったのはつい最近のこと。あたしとミントで遊んでいるときに「なにか二人だけのものが欲しいね」って話になって、ただ合言葉を作っただけ。たったそれだけだったんだけどミントは嬉しかったみたいで、それ以来ずっと使うようになってる。例えばあたしの部屋やミントの部屋に入るときとか、今みたいにこうやって出かける時とか。
 …ああそう!出かけるといえば、今からあたし、シークと街に行くんだよね。本当は遊んだりしたかったけど、今日は残念ながらただの買い出し。
 でも、出かけるなんてシークとあたし以外知らないはずなのに。

 「ミントさん、あんまりやりすぎるとパァルさんも疲れちゃうからまた今度に__」
 「それはしーさまがそう思うだけでしょう〜〜?ぱぁさまはまだなんとも言ってないのに分かるわけないじゃないですかあ〜〜〜」
 「……あはは、ミントさんは困ったさんだねえ」

 そういうシークの顔は困ったように眉なんか下がってなくて、寧ろ挑戦的に笑ってるよう、な?あたしそんな顔初めて見たよ。


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 / リコ雛


雛伊さんが館を出る
 嫌だけど嫌だと言えない、お別れ会にも出られない
 後悔なんてしない、しな、い、後悔なんて、
  「 ────っ、雛伊さん! 」
 言うことなんてなかった。お祝いだなんて、忘れないでだなんて、僕も一緒に、なんて。何も言うつもりじゃなかったのだ。何も出てこないなんて当然のことで。
…それでも、それでも雛伊さんは、笑っていた。
  「 最後まで何も喋らず引き止めるなんて、貴方らしいですね 」
 僕はこの笑顔が見たかった。もう、もうこの先会えるかも分からない彼女を焼き付けておきたかった。僕が初めて感情を抱いた、この女性の、笑顔を。

  「 ──雛伊さんの、ばか 」


 僕は、最後の最後まで抱きしめることすらできなかった。


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 / シエン&シンイ


  「、………あ?」

 目覚めて四秒、声が出た。まだぼんやりとした視界、ずっとぐるぐる読み込み中な思考の中でも分かるくらいはっきりとした声。それは紛れもなく自分自身から発されたもので、その声につられたようにぐるりと視界を回す。

  「…起きた?かしら、…おはよう、シンイくん」


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 / シエン&シンイ


  「シンイくん、しんどい?」

 ぴたりと足が止まった。思わず、というよりやけに引っかかる言葉に足を掴まれたように、しっかりと動きが止まる。まだ振り向けなかった。

  「あ、その…えっと、ね?シンイくん、最近動きがゆったりしてると思ったのよ…ほら、普段はキビキビしてるでしょう?…あと、目の下のくまも、」

 

 別にコイツが何を思うかなんざ気にしちゃあいねェが、これでオレが体調が悪いだなんて騒がれた日にゃあ館内でのオレの立場はガタ落ちだ。…いや、今更かもしれねェけど、オレにとってはそうだ。
 致し方ねェよな、と心の中でそう結論付ければゆっくりと振り返る。視線の先には、わざとらしくも恐らく本気で眉を傾けてオレを見つめている女の姿。やはり苦手だ。この女も。オレが何を言ったって気にしちゃいなくて、自分の思うように場が動くまで納得しない人種。嫌いだ、反吐が出る。オレの意見なんてあって無いようなモンじゃねェか───、ああ、良い感じに腹立ってきた。
  


 あ、しまった──なんて思うにはもう遅くて。
 ぎゅうと押し付けられた女の体の柔らかさ、ふんわりとした甘ったるい花の香り、じんわり潤すように撫でる手の温もりと子守唄に包まれながら、オレはゆっくりと意識を手放した。


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 / リリクザ


  「…っく、くざと、くん…!」
  「ん、……ああ、リィか。どうした?」


  「…え、えっと…ぅ…その…」

 抱きつきたいけど必死に抑えて服を握る手に気付いてしゃがむ

  「…、!」
  「ん?ほら、ゆっくりで良いから」

 しゃがんだ事により、リィより視線が低くなって少し安堵したのだろうか。きゅうんと目元を緩ませたリィはきつく握っていた手を離し、今度はオレの背中へと勢いよく手を回した。

  「うお」
  「っあ、あの、あのね…!…わたし、くざとくんとぎゅってしたくて…でも、恥ずかしくて言えなくて、でも、でも…!」
  「お、おお、分かったから落ち着け」

 興奮状態のリィを宥める

  「__……、…えへへ…くざとくん、大好きだよ」


  「──ばーか、オレの方が大好きだっての!」


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 / アンシン


 何かがピカリと光り輝いた。チカチカちかり、と、僕の視界をうっと刺してくるような輝きだ。それは僕の歩いている廊下の先、リビングから少し離れた談話室の方向から伺える。どうやら扉は開きっぱなしのようだ。雑な誰かの閉め忘れだろう、館に住むひとはそう思うかもしれないが、僕にはすぐに分かった。さっきから止まっていた足を少し、無理やりに動かす。バタバタと床が鳴る。段々と光は強さを増し、自分の指の先でさえ見えないような気がしてきた。ああ、でももう少しなんだ。

 「またお前かよ」

 キラキラと光っていたのは、きみのその銀髪だったのか、その射抜くような瞳だったのか。はたまたどれもが輝いていたのか。何にはせよ、きみの光に導かれて僕はここにやってきたのだろう。相変わらず顰めっ面の彼を見て、僕はいっそうきみへの想いを強く認識する。


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 / ふるしく


 「フールさん、誕生日おめでとう〜」

 「……へえ、シークさんでもあたしの誕生日なんて覚えてるんですね?」
 「もちろん、いつもお世話になってるからね。お祝いしたかったんだ〜」

 「そうです、か」
 「今日はね、ちゃんときみのためのケーキも用意してるんだあ」


 「ねえ。シークさん?」

 「ずうっと貴方のために黙ってましたけど、どうやら貴方は本気のようなので突っ込んであげましょう」


 「今日、あたしの誕生日なんかじゃないですよ」


 「シークさん、あなた、いったいどこの誰とこのあたしを勘違いしていらっしゃるんです?」


 「 ── はは 」


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 / ネイレン

 俺は、昔から人と共存する事が苦手だった。
 家族はまあ仕方ないことだし産まれた時から一緒だったからまだ許容範囲内だった。



 俺は無性に怖いと思った。それがあの子たちを失う事が、なのか、自己愛なのかは分からない。ただ怖い。怖いものだった。それはとても恐ろしく、何事をも凌駕するほどの、恐怖。

 「もう遅いから寝な、おやすみ」

 俺はそう言ってあの子たちの頭を撫で、そのまま指を滑らせる。頬を辿って、首を辿って、腕を撫でて。今までひとりっ子だった奴がするとは思えない、慣れた手つきだった。俺は兄に向いているのだろうか、人の面倒を見るのが得意なのだろうか。その時は少し得意気にそう思ったが、有り得ないなとすぐに思った。だっていやと言うほど甘く甘くあまやかされた生活を過ごし、親戚の年の離れた下の子を少し面倒を見るのですら苦手だったのだから。…苦手、というよりは嫌いだったのかもしれない。自分の意見が通らず、いつも衝突ばかり起こしていたから。子供ながらに、融通の利かない子供が嫌いだった。
 だと言うのに、あの子たちはちがうと言うのだろうか。何故俺はあの子たちの面倒を見られたのだろうか。何故俺はあの子たちの言う事を全ての信じられたのだろうか。







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